大阪高等裁判所 昭和62年(う)1293号 判決 1992年3月23日
裁判所書記官
曽和由典
本籍
京都府綾部市中ノ町二丁目三一番地
住居
京都市東山区大和大路通五条上る山崎町三五二 メイゾン六波羅六〇一号
会社役員
長谷部匡宣こと長谷部純夫
昭和七年三月三〇日生
右の者に対する相続税法違反、所得税法違反被告事件について、昭和六二年九月一六日京都地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決する。
検察官 森川隆彦 出席
主文
原判決中被告人に関する部分を破棄する。
被告人を懲役二年六月及び罰金三〇〇〇万円に処する。
原審における未決勾留日数中一〇〇日を右懲役刑に算入する。
被告人において右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
原審における訴訟費用は分離前の相被告人鈴木元動丸との連帯負担とする。
理由
本件控訴の趣意と、弁護人東垣内清作成の控訴趣意書、控訴趣意補充書二通に記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官和田博作成の答弁書に記載のとおりであるから、これらを引用する。
第一事実誤認の主張について
論旨は、要するに、原判示第一ないし第三〇の各相続税および所得税納税申告行為に関して、被告人にはほ脱の犯意がなかったのに、これを認めた原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある、というのである。
そこで、所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討するのに、原判決挙示の関係対応証拠によれば、原判示各事実は、その各ほ脱の犯意の点も含め、これを優に肯認でき、当審における事実取調べの結果によっても右認定判断は左右されず、原判決には所論のような事実誤認のかどはない。すなわち
一 原審で取り調べられた関係証拠によると、<1>被告人は、昭和五〇年ころ部落解放同盟条野支部へ加盟したが、全日本同和会京都府・市連合会(以下「同和会」という)会長西田格太郎の要請を受け、昭和五四、五年ころ同和会亀岡支部の設立に尽力し、その発足と同時にこれに加入し同支部の副支部長となり、昭和五五年一一月同和会の経営指導員となったが、昭和五六年一月同和会事務局長に就任したこと、<2>被告人は、被告人と同時に事務局次長に就任した渡守秀治(以下「渡守」という)及び当時同和会の副会長であった鈴木元動丸(以下「鈴木」という、なお、同人は昭和五七年一月、西田格太郎死亡の後を受けて会長に就任した)らとともに、そのころ「税務対策」と称し、同和会の名義を用い、広く所得税、相続税等の納税者からカンパあるいは謝礼金、手数料等(以下「カンパ金等」という)の名目で、本来納付すべき正当な税額の約半額を目処に金員を徴したうえ納税申告の手続きの代行を請け負い、架空債務計上等の手段方法によって納付税額を大幅に圧縮する過少申告を実行する計画を立て、被告人は申告書作成を担当するなどそれぞれの役割分担等に関する具体的な話し合いも整ったこと、<3>被告人及び鈴木らは、架空債務の存在を仮装するのに必要な内容虚偽の証憑書類を作成する架空債権者として、昭和五六年五月有限会社同和産業(以下「同和産業」という)なるペーパーカンパニーを設立し、鈴木が代表取締役となり、被告人及び渡守がその取締役となったこと、<4>原判示第一ないし第三〇の各申告行為の手段方法は、所得税については、原判示各不動産の所得者がこれを売却譲渡したことに伴い申告納付すべき所得税を過少に申告する目的で、原判示のごとく、株式会社ワールド(以下「ワールド」という)などの同和産業に対する借入れ債務につき連帯保証人となった各納税義務者が、ワールドなどの破産により連帯保証債務履行のため当該不動産を他に譲渡し、その譲渡収入で右保証債務を履行したが、ワールドなどに対する求償不能によって保証債務履行額相当の損害を破ったと仮装し、相続税については、被相続人が同和産業に債務を負担していたなどと仮装したものであったこと、<5>被告人らは、各納税義務者からそれぞれ正当税額の約半額を目処にカンパ金等の名目で金員を受領し、前示のような架空債務計上の方法を用いて所得税、相続税を過少に申告し、これに基づいて算出された額を所得税、相続税として納付したうえ、その残りの約三割相当分を同和会に納入し、その余の金員を被告人及び鈴木、渡守らで分配取得しあるいは納税義務者を紹介してくれた者に与えていたこと、以上のような事実を認めることができる。
二 そして、ほ脱犯が成立するためには、納税義務の認識、偽りその他不正行為の認識及び租税を免れること(ほ脱の結果)の認識が必要であるが、不正行為の認識は不正行為に当たる事実を認識すれば足りると解すべきであるから、前記認定の事実に照らすと、被告人が不正行為に当たる事実を認識していたことは明らかである。
三 ところで所論は、右のような手段方法は、同和対策審議会の総理大臣あて答申、旧同和対策事業特別措置法(以下「措置法」という)及び昭和四五年二月一〇日付官総二-六国税庁長官通達(以下「長官通達」という)の趣旨に従い、被告人らが同和会名義で一括代行してきた納税申告方式、すなわち、同和地区住民に対する税負担軽減措置の一環として、従来部落解放同盟(以下「解同」という)に対する関係で公認されてきたのと同様、大阪国税局ないし所轄税務署等の担当官らの指導、了解を得た手段方法によっていたものであり、架空債務計上等の方法も税務署側の行政指導によるものであり、とりわけ、同和産業の設立は、架空債務の領収書等の作成名義人となる受け皿として法人を設立する方法もある旨の示唆によるものであるから、被告人らは適法と信じており、そう信じるにつき正当な事由があったから、被告人はほ脱の犯意がなかっといわざるを得ない、と主張するが、この点については原判決が(補足説明)の項において同旨の主張に対しなした判断は概ね相当として是認することができる。すなわち
1 所論も、原判決が租税法律主義等に照らし、本件各申告行為が適法でないとした判断を正当と認めているが、なおこの点につき付言しておくと、措置法は、同法一条、六条の規定からも明らかなように、歴史的、社会的理由から、生活環境等の安定、向上等が阻害されている同和地区住民の経済力の培養等を目的として、国及び地方公共団体に対してこれを可能とする条件整備を行うもので、税の減免を規定しているものとは考えられない。また、長官通達は措置法の制定公布に伴い全国の国税局長あてに発せられたものであり、「<1>職員に対し、同和問題に関する認識を深め、国家公務員としていやしくも法の精神に反するような言動のないよう周知徹底をはかること。このため、局署において実情に応じ職員に対する研修等を実施すること。<2>同和地区納税者に対して、今後とも実情に則した課税を行うよう配慮すること」等を内容とするものであるが、我が国では、租税の創設改廃はもとより、納税義務者の範囲、課税対象、税率、税徴収の方法等はすべて法律によることを要する租税法律主義(憲法八四条)の原則をとっており、税法の上では同和地区納税者の税負担を軽減する規定は存せず、通達によって、税法にかかわる規定を創設したり、税法を変更できるものではなく、右通達が法定の租税に対する減免につながるものでないことは文言上からも明らかである。同通達にいう実情に則した課税とは、原審証人糸田武久の供述にも照らすと、課税処理の場面で各同和地区納税者の所得等の実態を機械的一般的でなく、個別的に慎重に把握するよう求める趣旨であって、同和地区納税者に対する税の減免を指示したものではない。したがって、措置法、長官通達が税の減免の根拠となり得ないことは明らかであり、記録を精査しても他に本件申告行為を適法と認める根拠を見出すことはできない。
2 次に、所論のいう被告人のほ脱の犯意の点について検討するのに、被告人をはじめ同和会関係者は、捜査、公判を通じてほぼ同様に、「同和会役員らが昭和五五年一二月二日大阪国税局において、同局の担当係官に対し、従来解同が実施してきた税務対策と同様の取扱いを同和会にも認めるよう要求したところ、当局も原則としてこれを了承し、『同和会では、行政に協力するという立場から解同のように納税額零というのではなく、正規税額の五ないし一〇パーセントを納税してもらいたい。後日上京税務署で具体的な手続きについて打合せをするように』といわれ、その結果同和会役員らは、同月八日上京税務署を訪ね同省長らと話し合ったところ、税務署側は、『今後同和会側を通してなされる納税申告については、各署総務課長を窓口とし、税額は、大阪国税局側の回答と同様、正規税額の一〇パーセント程度で了承する』旨回答した」と供述している。一方解同は、昭和四三年大阪国税局長との間で七項目の確認を行ったとして確認事項と称する書面を発表しており、その内容を摘録すると、「<2>同和対策控除の必要性を認め、租税特別措置法の法制化に努める。その間の処置として、局長権限による内部通達によってそれにあてる。<3>企業連が指導し、企業連を窓口として提出される白、青色をとわず自主申告については全面的にこれを認める。ただし内容調査の必要ある場合には企業連を通じて企業連と協力して調査にあたる。<4>同和事業については課税の対象としない。<5>国税局に同和対策室を設置する。出来るまでの措置として担当総務部長、窓口は総務課長とする。<7>協議団本部長(昭和四五年からは国税不服審判所)の決定でも局長権限で変更することができる」などというものである。このうち、税務当局では、解同関係の同和地区住民の納税申告手続きについて、各地域の解同支部等においてこれを一括代行する便法を認めるとともに、税務署側に特別の窓口を設け、自主申告の内容を尊重すると同時に、税務調査に当たっては解同支部等を通じて行うこととするなどの「実情に則した」配意を加える方針をとったこと、同和会の内部においても、昭和五五年ころ、解同に準じた取扱を得られるよう税務対策を講じるべきであるとの声が高まったところから、経営指導委員会、税務委員会などの税務担当部署を設け、同部署の責任者など同和会の役員らが大阪国税局その他関係税務署に対する陳情を重ねた結果、翌五六年初めころ、同和会関係の納税者に対しても解同の場合とほぼ同様、申告納税手続の一括代行を認めるとともに、各税務署の受理手続担当者を一定するなどの処遇を受けられる結果となったこと、などの事実が認められる。しかしながら、右確認事項についていえば、その多くが法律に違反し、ないし法制上不可能の事項に属し、国税局がこのようなものを認めるとは到底考えられず、前記原審証人糸田武久の供述からも明らかなとおり解同側が大阪国税局に一方的に申し入れをしただけのものであって、大阪国税局の承認を経たものではないと認められる。したがって、被告人らが、大阪国税局並びに上京税務署から、前記確認事項の存在を前提として同様の承認を得たと供述しているのは到底信用できず、前記原審証人糸田武久及び原審証人河辺康雄らが供述しているように、大阪国税局及び上京税務署の担当係官が、被告人らの供述するような事柄について承認を与えた事実はないと認められる。
3 もっとも、本件にあらわれた関係証拠によると、<1>税務当局においては、同和会関係組織の代行にかかる所得税確定申告を受け付けるに際し、その申告内容につき実質的な審査や立ち入った税務調査を実施することなく、もっぱら形式的な書面審査のみで申告内容を是認、受理するという対応に出ていたこと、<2>その結果同和産業名義の領収書等内容虚偽の証憑書類が頻繁に利用され、当局側が積極的な税務調査をしておれば、極めて容易に架空債務計上等の不正行為を発見、指摘できた筈であるのに、こうした措置に出ないまま、事実上不正申告を見逃すという処理が行われていたことなどの事実が窺われるところ、税務当局の右対応は、本件当時同和関係の組織が税務当局に対し強固な発言力をもち、当局側も同和関係組織が代行する申告手続の内容に関してはできるだけせんさくしないとういう寛容な態度をとっていたことなどが原因と思料されるが、被告人らは右のような事情を熟知していたうえ、本件申告に際し、右同和産業名義の内容虚偽の領収書等を作成、利用して高額の架空債務を計上し、過少申告をするという社会通念上誰の目にも明らかな不正な手段方法に出ていたのであるから、被告人において、本件のような手段方法による納税申告が正当かつ合法的なものとして法的に認められているとは考えていなかったことは明らかというべきであって、被告人の本件各所得税、相続税ほ脱についての犯意に欠けるところはなかったといわなければならない。
なお、所論指摘の同和産業設立の経緯につき、被告人は捜査及び公判を通じ終始一貫してほぼ所論に沿う供述をしており、その他の同和会関係者の供述も同旨であること、及び前記<1><2>の事実に照らすと、同和産業設立について税務当局から何らかの示唆があった疑いがないわけではない。しかしながら、右示唆の有無にかかわらず被告人にほ脱の犯意がなかったことは前記理由により明らかである。
右のとおりであるから、被告人の本件各所得税、相続ほ脱の犯意を認めた原判決の認定は結局正当というべく、所論のような事実誤認のかどはない。論旨は理由がない。
第二量刑不当の主張について
論旨は、被告人を懲役三年六月および罰金五〇〇〇万円に処した原判決の量刑は重きに失する、というのである。
所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討するのに、本件は、同和会事務局長である被告人が、同和会会長鈴木その他の幹部や司法書士、税理士らと共謀し、さらに多数の納税義務者やその代理人、従業員とも共謀して架空の領収書などを用いるなどして書類上のつじつまを合わせて虚偽の申告をし、昭和五七年三月から昭和六〇年四月まで三二回にわたり(原判示第一ないし第三〇、但し第二一及び第二四はそれぞれ二回)、納税義務者三七名の相続税、所得税合わせて一六億四〇〇〇万円余を免れさせた組織的な一連の大掛かりなほ脱事犯であって、これら各犯行の罪質、動機、態様、納税申告書の作成等に当たった被告人の役割、ほ脱した税金の額、九〇パーセント前後という高率のほ脱率、同和会に対するカンパ金等として各納税義務者から受け取った税込金額も合計七億円(税支払後でも六億円)を超えること、本件により被告人の得た利益、同和会における被告人の地位、一般の誠実な納税義務者らに与えた影響等に照らせば、被告人の刑事責任は重大であって、その犯情は到底安易に見過ごし得ないといわなければならず、本件各犯行の背景には、税法の適正公平な執行に当たるべき重責を担う税務当局が、同和関係組織の威圧的な態度に押し切られ、同和産業名義の領収書等内容虚偽の証憑書類が頻繁に利用されていたのに税務調査もせず、結果的には、不正な納税申告を助長する事態をも招いたとういう特殊な事情が存在していおり、主体性を欠いた税務当局の姿勢も厳しく避難されるべきであって、本件脱税の責任について、被告人らのみを一方的に避難するのは相当でないこと、本件の発覚に伴い納税義務者に対して正当な税額を完納せしめる行政的措置が講じられ、さいわい税法上の実害はそれなりに回復されていると窺われること、被告人には罰金前科一犯があるにとどまること、被告人は逮捕後同和会の役職を辞退し改悛の情も顕著であることなどの酌むべき諸事情に考慮に入れても被告人は相応の刑事責任を免れない。ところで原判決は、鈴木との量刑の均衡について「被告人は本件一連の犯行をいわば主導したものであって、鈴木元動丸が会長として本件一連の犯行の責任ではあるが、本件各申告書の作成等に直接的に関わらなかったのと対比して、同人の刑事責任よりも一層その刑事責任は重いというべきである」と説示し、被告人に対し鈴木に対する刑(懲役三年及び罰金五〇〇〇万円)よりも重い刑を科した。しかしながら、関係証拠(当審における事実取調べの結果を含む)によると、鈴木は会長として支部長の大半を掌握する実力者であり、カンパ金等の額、紹介者に対する謝礼等は同人が取り仕切る場合が多く、同人には相当額のカンパ金等をほしいままに処理したと疑うべき点が認められるのに反し、被告人は同志社大学経済学部を卒業し、その知識と事務能力を買われて事務局長になり、当時は同和会が税務対策を始めようとしていたときに当たっていたため、その実務の中心として納税申告書の作成等に関わったものであるが、その行動は組織の一員としての行動であり、カンパ金等の徴収割合、分配、処理等に関与する機会も鈴木ほどではなかっと認められ、利益も給料以外の分の多くは同和会の活動費等に使用していたものと認められるから、原判決の右説示には賛同しがたい。したがって、被告人に対し、鈴木に対する刑よりも重い前記の刑を科した点で原判決の量刑は重きに失するものと認められる。論旨は理由がある。
よって、刑訴法三九七条一項、三八一条により、原判決中被告人に関する部分を破棄し、同法四〇〇条但書により更に判決することとする。
原判決が認定した罪となるべき事実(但し、原判決一七枚目から二行目「……にもかかわらず、」の次に「ワールドが」と挿入する)に原判決挙示の各法条を適用し(観念的競合の処理、刑種の選択、併合罪の処理等を含む)、その刑期及び金額の範囲内で処断すべきところ、被告人は当審において、納税義務者から得たカンパ金等に関し、その二一件につき合計三三四九万円を支払う旨の示唆を成立させて嘆願書を得ていること、うち一三件分合計二五四八万円の支払いを了し、うち八件分合計八〇一万円は保釈保証金で支払う旨を約していることが認められるので、前記被告人のため酌むべき諸事情と併せ考慮し、被告人を懲役二年六月及び罰金三〇〇〇万円に処し(なお、現時点においても被告人に対し懲役刑の執行を猶予するのが相当であるとはいいがたい)、原審における未決勾留日数の算入につき刑法二一条を、罰金刑の換刑処分につき同法一八条を、原審における訴訟費用につき刑訴法一八一条一項本文、一八二条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 重富純和 裁判官 川上美明 裁判官 吉田昭)
控訴趣意書
相続税法違反、所得税法違反
被告人 長谷部純夫
右被告人に対する頭書被告事件につき、昭和六二年九月一六日京都地方裁判所が言渡した判決に対し、弁護人から申し立てた控訴の理由は左記のとおりである。
昭和六三年五月三一日
被告人弁護人
弁護士 東垣内清
大阪高等裁判所第二刑事部 御中
第一、控訴申立の趣旨
1(一) 被告人長谷部純夫(以下、得に断りない場合、被告人とは長谷部純夫の意で用いる)は、原審において、本件公訴事実にかかるいわゆる税務対策(税対とも呼んでいた)は、法に定められた適法なものであるとの申し立てをし、原判決はこれに対し租税法律主義などに照らして、本件各申告行為は適法なものではないと判断したが、かかる判断は正当というべく、当審において、被告人ならびに当弁護人とも、右判断について異を唱えるものではない。
(二) ところで、被告人には、本件各申告行為をなすにつき犯意がなかったとする申し立てにつき、原審判断は、被告人につき、本件各ほ脱の中心的存在として各申告書の作成に関わって同和産業に対する仮装債務を計上する手段方法を用いていたものであって、犯意を有していたことは明白であるとする。
申告の方法等を外形的にみる限り、一見して不正手段が用いられていることは明らかであって、右原審判断もやむを得ない点がある。
しかし、被告人が税務署側への申し入れないし税務署と相談のうえ、税務署側の根拠ある正当な承認と指導の下になされ、かつそう考えたとするならば、被告人において犯意はなかったと述べることもまた十分理由のあることである。この点、被告人に犯意はなかったものと言わざるを得ない。
(三) 被告人らは合日本同和会京都府・市連合会(以下、単に同和会という)の税務対策は、税務署側において、事実上これを容認し、むしろ、一定の助力をしてこれをなさしめたものであって、被告人らにおいて行政上、容認されたものであり、合法であると信ずるにつき相当な事由あるものである。
仮りに、被告人らに犯意あるものと認めざるを得ないとしても、その所為の責任の多くは税務署側にあるものである。
この点、原判決は税務署側の怠慢あるいは、事なかれ主義的態度から、これを放置していたのではないかと見ざるを得ないと指摘しているが、なお真実を見極めたものとはいい難く、被告人の情状を斟酌するうえで重大な事実であるところ、この点の事実認定と理解はむしろ誤っていると言わなければならない。
2(一) 被告人は、全日本同和会京都府・市連合会(以下、同和会という)の組織の事務局長として、組織の方針に基づき、会長の一般的ないし具体的指揮・指導に基づいて、その実務を担当したものであって、個人的に利得を得る目的で本件行為に及んだものではない。
そして、納税額やカンパ金の額の決定、その処分管理については、何ら決定権を有するものではく、単に方針と指示に従ってその実務に携ってきたにすぎないものである(検六九二)。
そして、本件行為に及ぶについても、組織の方針に基づき行政当局と協議しながらその方法を定めて、納税申告手続きをおこなっていたものであり、同和会の業務に専従するものとして、給与の支給は受けていたものの、他にカンパ金を個人的に不当に利得してはいない。
原判決は、
被告人鈴木元動丸を懲役三年罰金五〇〇〇万円に
被告人長谷部純夫を懲役三年六月及び罰金五〇〇〇万円に
各処するとういうものであるが、これは諸般の事情がらみて罰金刑についてはもちろん、とりわけ懲役刑の量刑につき明らかに均衡を失するものである。
(二) 被告人は、事情あって一時期部落解放同盟亀岡支部に所属していたが、同和会に実務のできる者が居ないことから、こわれて事務局長の地位につき、その実務を担当してきたものであるところ、本件事実によって逮捕勾留中である昭和六〇年六月下旬頃に同和会事務局長を辞任し、保釈によって釈放された同六一年二月下旬頃、同和会の全役職を辞任し、かつ同和会からも離脱した。
同和会がおこなった行為によって、多数の人々に迷惑をかけたことに責任を感じ、理事会で副会長就任を強く要請されていたものの、役職については引責辞任したものである。
その後、同和会の本件税務対策が誤った“同和行為”であること、行政のあり方に、違法かつ重大なも問題のあることなどを知るに及び、重大な反省をこめて、同和会とは無関係となっているものである。
そして、本来、同和会は、被害者に対し被害の弁償をすべき義務あるものであるところ、同和会がこれに組織的にとりくもうとしない現状においては、やむなく、個人としても、反省の意をこめて、可能な限り被害弁償に努めることとし、一部示談も成立している。
(三) このように、行政と同和会との関係と各々の責任の評価、被告人が実務を担当してけれども、方針を主導したものではないこと、税務対策は当局も容認したところの必要にしてかつ正当の同和行為であると確信していたこと、またその後の被告人の改悛の情等からみて、原判決の刑は均衡を失し、かつ重きに過ぎるものであって、破棄を免れないものと信じる。
その詳細は以下のとおりである。
第二、控訴申立の理由
一、原判決の情状に関する事実の認定と判断
1.原判決の理由中には、左のとおり「犯行に至る経過」「補足説明」ならびに「量刑の理由」が述べられているが、いずれも被告人の量刑にかかわる事情である。
(一) 犯行に至る経過
被告人鈴木元動丸は、昭和五三年秋ころ、西田格太郎らと共に、同三五年五月ころ結成された全日本同和会に属する、全日本同和会京都府・市連合会(以下、同和会という)を設立してその副会長に、同五七年春ころには西田会長の死亡に伴いその後をうけてその会長となったものの、被告人長谷部純夫は、同五四、五年ころ同和会に入会し、同五五年一一月ころ同和会亀岡支部副支部長に、同五六年一月同和会事務局長になったもので、被告人両名はそれぞれ同和会の要職になったものであるが、
同和会では同五五年一一月一二日第三回理事会を開き、いわゆる税務対策を審理し、次いで、同月三〇日には被告人両名も出席して仮称税務委員会が開かれて同和会会員に対する税の減免を協議するなどして、翌五六年にかけて、被告人両名ら同和会幹部は、いわゆる税務対策として、納税義務者の依頼に応じて、相談の上、同和会本部において申告書作成等の申告・納税手続一切を行い、その際、譲渡所得の申告に当たっては納税義務者が他の主債務者の債務につき保証債務を履行するため当該財産を譲渡したが右主債務者が破産したため求償権の行使が不能に陥ったなどとし、また、相続税の申告に当たっては、被相続人に債務があり、これを相続人である納税義務者が支払ったなどとしてそれぞれ虚偽の申告をし、納税額を五ないし一〇パーセントに低減させ、これと正規税額との差額のうち約半額がカンパ金等の名目で納税義務者から同和会に納付させて利得しようと考え、同和会支部等に納税義務者の紹介を依頼すると共に、右申告書類上減支払いの形式を整えるため、架空債権者として領収書を発行する必要上、同五六年五月一日被告人鈴木元動丸を代表取締役、被告人長谷部純夫らを取締役とするなどして有限会社同和産業(以下、同和産業という)の設立をなした外、右架空保償債務を計上する関係で倒産主債務者にあてるため、真実倒産している株式会社ワールド(以下、ワールドという)および株式会社誠組(以下、誠組という)の各会社印を入手する等していた。
(二) 補足説明
弁護人らが、本件各税の申告行為につき被告人らには右申告が不正手段によって税を免れる犯意はなく、違法性の認識およびその認識の可能性もなかったと主張したことに対して、要旨左のとおりに述べている。
(1) わが国においては租税法律主義がとられ、税の減免・控除については法律上の根拠が必要であるところ、旧同和事業特別措置法は、その一条に掲げた目的からしても、その目的と減税とは直接関係はなく、他の条文をみても、同和地区住民に対する税の軽減を要請していると解することのできるものはなく、措置法がそのような減税を規定するものとは到底考えられない。
(2) 長官通達についても、その二項の規定は、同和地区納税者が社会的にいわれなき差別を受け、経済的に劣位に置かれがちな実情に鑑み、所得の把握等に際しては安易に一般的な基準に頼ることなく、右のような事情も十分考慮し適切な課税をすることを要請していることは文理上明白であって、これが減税を規定していると解することはできない上、長官通達はそれ独自では減税の根拠とはなりえないことはもちろん、先にみたように、措置法は減税を要請しておらず、現行法上、他にこれを要請している法律はないから、法律の定める条件にも当たらないものである。
(3) 措置法、長官通達の精神に基づく所轄税務署長の行政処分行為として、同和会に対しても、同盟の確認事項に定めたと同様に取り扱う旨確認したかどうかにつき、関係証拠によると、
(イ) 昭和五五年一二月二日、被告人長谷部純夫が当時の同和会事務局長鑓丸冨貴雄らと共に大阪国税局同和対策室において同室係長糸田武久らと面談したこと、続いて、同月八日、被告人両名が右鑓丸らと共に上京税務署署長室において署長島岡茂、副署長松吉良雄、総務課長河辺康雄らと面談したことはいずれも明らかであり、それぞれにおいて同和会側から税務当局に対して納税に関する要望をしたことが認められるが、双方間で何らかの合意または確認の文書を取り交わした形跡は全くない。
(ロ) 口頭による合意または確認について、大阪国税局との間でなされたかどうかにつき、
(a) 面談に参加した証人渡守秀治や被告人長谷部純夫は、国税局側が同和会についても同盟の大阪府企業連合会、京都府企業連合会に対すると同様に対応していくことを約すると共に、国税局側から、同盟のようないわゆる零申告ではしんどいので正規税額の五パーセントでも一〇パーセントでも納めてもらいたい旨の要望があったというのであるが、
(b) 証人糸田武久は、国税局は課税についても各税務署を指示する機関ではないので、減税について本当に必要があるのであれば所轄税務署に行って話してもらいたい旨話したと思う、そもそも確認事項自体、同盟が要望事項をまとめたものに過ぎないと述べ、合意や確認があったことを否定している。そして
(ハ)(a) 確認事項をみてみると、同和会の資料によれば、大阪国税局側と同盟中央本部および前示大阪府企業連合会との間で、同四三年一月三〇日以降について七項目の事項の、同局長、と同盟近畿ブロックとの間で、同四四年一月二三日以降について三項目の事項の、さらに、同局長と同盟中央本部および前示京都府企業連合会との間で、右二回の確認事項に基づく税務対策を行うこと等三項目の確認を取り交わしたというのであるが、基本となる右七項目の確認事項のうち、その二項では同和対策控除の必要性のあることを認め租税特別措置法の法制化に務める、その間の処置として局長権言による内部通達によってそれにあてる、とあるが、もともと法律事項となるべき同和地区住民に対してのみ認める同和控除を法律が制定するまで局長の通達でまかなうのは租税法律主義に反するもので、できないことであり、
(b) その三項目では、各企業連合会を窓口として提出される自主申告については、白、青を問わず、全面的にこれを認める、とあるが、国税局がそのようにいわば審査権を放棄することが許されるのか疑わしいし
(c) その七項では、協議団本部長(昭和四五年からは国税不服審判所)の決定でも局長権限によって変更するとあるが、これは、現在はもちろん同四九年二月一四日および同五五年一二月当時も国税通則法一〇二条一項の明文に反しできないことが明らかであり、同四三年一月当時も同様、制度上不可能であったと思われる。とし、
(d) これらの点に照らしても、国税局がこれらを認めるとは到底考え難く、右糸田の言うようにそれは単に要望事項をまとめたものに過ぎない蓋然性が高く、その他国税局の機構の制約等を考えると、糸田証言の方が被告人長谷部純夫の供述等と対比してより信用性が大であると言うべきであって、同被告人らが言うような前示同盟の確認事項に基づく同様に同和会にも対応する旨の、国税局との合意または確認および国税局側からの前記申入れがあったものとは到底認めることはできない。
とする。そして、
(4) 上京税務署における同署幹部との面談の際における口頭の合意または確認等の有無について、
同和会でまとめた、その際の税務当局との間で確認されたという事項は、<1>同和会が指導し、同和会が窓口として提出される、個人法人を問わず、申告は、各署と協議し、協議完了したものについては全面的に認める、ただし内容調査の必要がある場合は同和会を通じ本部と協力して調査に当たる。<2>府下一三税務署の窓口は大阪国税局の指導どおりに各署総務課長とするの二点であるところ、証人河辺康雄は、右面談の際、同和会会から白、青色を問わず申告したものは認めてほしい旨の申入れがあったが、税務当局としては長官通達二項も則って課税する、それ以上は答えられない旨の返事をしたと言う。もっとも、右河辺証言によると、同和会が窓口となる申告について調査の必要がある場合には、同盟については同盟にその旨連絡することもある取扱いとなっており、同和会についても同様に取り扱うこと、および申告書の受付けは各署総務課長の職掌であるから申告署受付窓口を各署総務課長とすることの二点は上京税務署側においてその場で以了承したことが認められるものの、これは同和会でまとめた右二項とはかなりニュアンスを異にしており、まして、被告人長谷部純夫が供述する、確認事項のコピーを上京税務署側に示した上でその確認をえたということ、および上京税務署側からも正規税額の五ないし一〇パーセントの納税はしてもらいたい旨の要望があったということは、これまで述べてきたところに照らしても、さらに、同和会でまとめた確認事項中にそのような事項は全く含まれていないことに照らしても、同被告人らの供述を直ちに信用することはできず、これらのことは認められない。とし、
(5) 本件各申告は税務署側の行政指導によるものであるとの点につき、
被告人長谷部純夫は受け皿としての同和産業設立の示唆を税務当局から受けたと言うのであるが、同被告人に示唆したとして同被告人が名前を挙げる当時右京税務署総務課長佐々木敏雄あるいは同署資産税第一部門統括官松本庄八はいずれもこれを否定している。そこで検討するに、そもそも同被告人らの言うような減税措置が同和行政の一環として可能であれば、同和産業などといういわゆる受け皿となる会社を設立した上で仮装債務を計上し、同和減税とは全く関わりのない所得税法六四条二項または相続税法一三条一項一号を適用する必要は全くないのであるから、税務署側からいわゆる受け皿となる会社の設立を示唆し、申告に当たってはつじつまを合わせるよう行政指導するとういうことは自己矛盾であって、被告人長谷部純夫らの供述等はいずれもこの点に関して信用することができず、右行政指導または示唆があったことも認められない。
(6) 右のとおり、各面談の際の合意または確認を前提とした所轄税務署長の行政処分行為である主張はその前提を欠き認めることができず、行政指導または示唆もまた認められないところ、そもそも本件各税の申告は、同和控除によるものではなく、判示のとおり仮装債務を計上した違法な方法によるものであって、措置法、長官通達と何の関わりもないというべきであって、これが違法であることは明らかである。
(7) 被告人の本件各犯行についての犯意の有無について、被告人両名、とりわけ被告人長谷部純夫はかかる手段方法は税務署側の指導ないし示唆に基づくものであるから適法であると信じていた旨弁解するが、そのような指導ないし示唆を認めることができない。また、同被告人の右弁解は前提を欠き信用できないばかりか、同被告人は、昭和五六年九月ころ税理士西川平に対し本件脱税への参加を勧誘した際、同税理士が渋るや、同税理士の名前を絶対に出さない旨約束してこれに参加させており、判示第一六の犯行の際には、小原靖弘に対して「自分がうまい具合にやってやるから任せてくれないか」と申し向けて勧誘し、同人に対しては税務署との直接の対応を避けさせるべくはかったり、また、同人から判示第一七の澤田昭子らの納税申告依頼のあっせんを受けた際には右澤田からのカンパ金の中から一二〇〇万円もの謝礼を右小原に支払っており、そもそも右小原は当時同人や右澤田らの分の申告が不正の手段方法によるものであることは知っていたというのである。そして被告人長谷部純夫は、本件各税の申告に当たって、同和地区外の住民が納税義務者であるときでも同和地区出身者かどうか格別確認しておらず、もちろん納税義務者が同和会会員に限定しておらず、さらに、同和会支部長らから依頼されれば納付税額を適宜下げたり、二件はいわゆる零申告にしているものであって、加うるに、被告人長谷部純夫らは、同盟のいわゆる零申告について、同盟のごり押し、行政が目をつぶっているのか甘くしているか、あるいは事務処理能力のない結果である旨述べており、これらの点に徴しても被告人長谷部純夫の右弁解は到底信用できず、むしろ同被告人は当初からその手段方法が不正であることを認識していたことが十分窺われるものである、とし、
(8) 本件における税務署側の対応につき、
(a) 税務当局が確認事項等を確認したこと、受け皿会社の設立、申告書のつじつま合わせといった行政指導ないし示唆がなされたとも認め難い。
しかし、罪となるべき事実第一ないし三〇の各不正申告を受けた税務署の対応をみてみると、たとえば、そのうち最も多い不正申告を受けた右京税務署の場合、同五七年三月から同六〇年三月までの四ヵ年次で一二件に上る不正申告を受け、仮装債務総額は二一億〇八〇〇万円という巨額に達し、
これがいずれも同和産業を債権者とするもので、不正申告の方法はおおむね同一形態によっており、被告人長谷部純夫らの作成した内容虚偽の領収書と関係書類が各税の申告書に添付されているに過ぎず、そのため低減する額が極めて多く、その率も九〇パーセント前後と高率である。
にもかかわらず、一件として納税者本人に対する調査ですらも行われた形跡が窺われず、前記西川税理士がこのような不正申告はたとえ一件であっても税務当局が直ちにその不正を看破してしまうとして被告人長谷部純夫からの前記勧誘を受けることを渋っていたことに照らしても、当裁判所としては右京税務署のかかる対応につつては極めて大きな疑問を抱かざるをえない。
ほ脱犯の時効期間である五ないし七年間に調査すれば足りると弁解した税務署側の証人もいるが、税務関係書類の保存期間が五年であるということに照らし、右証人の弁解は言い逃れに過ぎず、税務当局の甚だしい怠慢あるいは既に見てきた諸事情を考え合わすと、同和会との悶着を恐れて安易な事なかれ主義的態度からこれを放置していたのではないかと見ざるをえない。
(b) けれども、税務当局がかかる違法な申告を指導していたことはもちろん、積極的に容認していてこれが慣行化していたとまでは認めることはできない。
また、同盟が過去数一〇年来零申告を繰り返してきたのに問題とされたことがないとの点についても、被告人両名らはその旨供述し、その旨確信しているというが、客観的証拠はなく、むしろ、被告人長谷部純夫は同盟でも納税している例もあるとも述べており、証人木村美代志の供述に照らしても、この点に関しても、被告人両名らの供述を直ちに信用することはできない。
として、弁護人の主張を排斥している。しかし、それぞれの事実の認定や評価、ひいてその判断には重大な誤りがある。
(三) 量刑の理由
要旨左のとおりである。
(1) 組織的な一連の大掛りなほ脱犯であり、ほ脱した納税義務者は合計三七名を数え、そのほ脱率が九〇パーセント前後と高率であって、中には申告納税額零というものも含まれており、そのほ脱税額は合計一六億四〇〇〇万円とを超えるものである。
(2) 被告人両名らが同和会に対するカンパ金名下に本件各納税義務者やその代理人・従業員から受け取った額も合計七億三六〇〇万円余にも達しており、被告人両名はそのうちから給料その他の名目でそれぞれ相当額の不正利益を得ており、本件各犯行の罪質、態様はともに極めて悪質でありとして、動機の点において格別斟酌すべき事情があるとは認められず、と判断。
(3) ほ脱の額も極めて多額である上、本件が一般の誠実な納税義務者らに対して与えた影響は大であると言うべきであって、被告人両名の同和会における前示地位を考え合わせると、被告人両名の刑事責任は誠に重大であり、
(4) とりわけ、被告人長谷部純夫は本件一連の犯行をいわば主導したものであって、被告人鈴木元動丸が同和会の会長として本件一連の犯行の責任者ではあるが、本件各申告書の作成等に直接的には関わらなかったとの対比して、同被告人の刑事責任よりも一層の刑事責任は重いというべきである。
(5) 他方、税務当局は、被告人両名が納税義務者やその被相続人らの同和産業に対する巨額の架空債権を計上しあるいはこれを支払ったなどという内容虚偽の申告を繰り返しているのに対し、その不正を容易に知りえた筈であるのにこれを放棄してきたとでも言うべき対応をしてきたものであって、これについては当裁判所として強い疑問を抱かざるをえないことは先にのべたとおりで、かかる税務当局の態度が本件犯行を事実上助長した側面のあることは否定できず、このことは被告人両名に対する量刑に関する一事情として斟酌すべきものと考える。
(6) その他、被告人両名は考慮を要する前科がないこと、現在では改悛の情が認められること等を考慮した、というものである。
二、原判決の判断の誤り
罪となるべき事実について、被告人の関与の方法・程度等につき重大な誤りはあるが(後に述べる)、外形的な事実についてはこれを争うものではない。右に掲げた原判決の判断には、とくに行政の責任に関する事実についての基本的な点で誤りがある。
以下、被告人の経歴、同和会における地位、役割、本件税務対策の経過、本件各申告行為について「カンパ」の使途と被告人の所得、ならびにその他の情状に関する事実について述べる。
1.被告人の経歴等
(一) 被告人は、昭和二九年同社大学経済学部を卒業し、ただちに大阪市内の繊維問屋へ勤務した後、同三一年頃から同三八年頃まで学習塾を経営する傍ら同志社大学社会科学研究所研究員として勤務、同三八年頃から不動産取引業を営んでいたが、取引先の倒産により経営を継続できなくなり、同四五年頃これを廃業。以来、亀岡市内で小・中学生を対象とした学習塾をはじめ、同五六年三月ころまで児童を教育していたものであるが、同和会事務局長として同会の職務に専従するようになったため、やむなく塾を廃止した。
被告人は昭和四四年頃、妻輝子と再婚し、現在は二人で暮らしているものである。なお、被告人との前妻との子二人、妻の前夫との子二人とも、現在独立して自活している(内一名は独身)。
被告人は、妻輝子が部落出身者であり、かつ、たまたま昭和四五年頃、亀岡市内野条の部落の隣接に居住し、同部落内の建物を賃借して塾の経営をしたことから、「在所」(部落のことをその土地でそう呼ぶ)の人たちと日常的に交流が深まるようになり、在所の人たちから、部落出身の妻をもったということは「解放運動の先駆者」などといわれたりしながら、強く部落解放同盟(以下、解放同盟という)へ加盟するよう求められた。そこで被告人はこれに応じて、昭和五〇年頃、解放同盟野条支部へ加盟することとなった。その生活と体験から差別のひどさと部落解放の必要性を痛感するようになったこと、および妻への愛情がそのような行動をとらせることとなったものであり、その後の行動についても同様である。
ところが、被告人は、解放同盟に加盟後、解放同盟の糾弾闘争のあり方に対し些に批判的になっていたところ、たまたま被告人の妻と郷里を同じくする西田格太郎同和会京都府・市連合会(以下、同和会府連ないし単に府連という)会長の子、木曽利弘が野条部落内に居住していたことから、被告人は西田ならびに木曽から同和会亀岡支部の設立、ならびに同和会府連の体制を強化するため力を貸して欲しい旨の申し入れをうけ、被告人はこれをうけて同和会へ移ることとし、同和会亀岡支部の設立のため尽力、発足と同時に加入、同支部の副支部長の地位に就いたものである。
間もなく、昭和五五年一一月二五日頃、西田格太郎会長の依頼をうけ、同和会府連の経営指導員として、自営業者である同和会会員の経営の相談役として活動することとなった。
ところが、当時の同和会府連合事務局長が不詳事を惹き起こし、役職を辞退させられ、同五六年一月二九日、役員を改選したのであるが、その際、被告人が事務局長に推されて、同地位に就任することとなったものである。
(二) ひるがえって全日本同和会は昭和三五年五月、部落解放同盟を批判する勢力が自由民主党の肝入りで別れて、設立されたものであり、同和会府連はその翌三六年結成された。
しかしながら、当時京都府は蜷川知事の下にあり、かつ解放同盟が大きな勢力をもっていたことなどから、ほとんどみるべき活動はなかった。
そして、昭和五三年、自民党の林田知事が誕生するや、全日本同和会全国会長の松尾正信が同知事と面談、府の行政上の優遇措置を要請、ならびに同和会府連の再建のための協力方を要請し、知事のこれに応じていくとの確認を得て、西田格太郎を会長、鈴木元動丸を副会長として、同府連合を再建することとなったものである。
解同が糾弾を手段として、主として自治体行政上の特別の優遇措置を受けていること、そのための行政闘争を主要な目的として活動を活発化してきたものであることは世間周知のところであるが、同和会についても、この点、糾弾闘争という手段に訴えることの他は同様である。
なお、西田格太郎は戦前からの解放運動の経歴を有し、清潔で学者肌の指導者であり、一時期、京都府船井郡日吉町の町会議員を勤めたこともあるが、人を組織化し統率していくなどの組織活動についてはその任に適せず、買われて鈴木元動丸がこの点を補う任務を負って、副会長に就任したものである。そして、鈴木とかねてから付合いも深く、これに追随して行動していた鑓丸冨貴雄が事務局長の地位についたものである。
被告人は鑓丸のあとをうけて事務局長の地位についたが、同和会には事務をよくなしうる者が居らず、特に乞われて就任したものである。
なお、同和会府連は、鈴木会長、被告人その他の幹部が、本件一連の事件で逮捕され、一時期、西田格太郎の子で日吉町町会議員の西田幸広が会長となったが、鈴木元動丸が保釈されるや、再び同人が会長の地位に就いたものである。
なお、組織の運営は民主的とはいえず、会長の専断がまかり通る状態であり、完全に組織が私物化されていたといっていい。会運営に関する事務は専従の事務局次長二名、会長の長男鈴木元一および会長の妻の従妹である田代和子の二人が事務員として執務していたものである。
2.本件税務対策に至る経過
(一) 解放同盟に対する国税の減免
(1) 昭和三五年の第三五回臨時国会において、全党一致で同和対策審議会が設置され、昭和三六年一二月七日、総理大臣佐藤栄作は総審第一九四号をもって同和対策審議会に対し、
「同和地区に関する社会的及び経済的諸問題を解決するための基本的方策」について諮問した結果、同対審は昭和四〇年八月一一日付けで同総理宛てに、第一部「同和問題の認識」、第二部「同和対策の経過」、第三部「同和会対策の具体案」及び「結語-同和行政の方向-」よりなる答申を提出した。
右答申の趣旨に基づき衆参両院をいずれも全会一致で通過成立した同和対策特別措置法(以下、同特法という)が昭和四四年七月一〇日付けで施行されたことは公知の事実である。
(2)(イ) 同特法が成立する前である昭和四三年一月三〇日、大阪国税局長と解同中央本部および大阪府部落解放企業連合(大企連と呼ぶ、なお京都府の場合は京都府部落解放企業連合という、京企連と呼ぶ)との間において協議の結果、次の確認事項のとおりの確認がなされた(弁二四号)。
確認事項
<1> 国税局として同和対策措置法の立法化に努める。
<2> 同和対策控除の必要性を認め、租税特別措置法の法制化に努める。その間の処置として、局長権限による内部通達によってそれにあてる。
<3> 企業連が指導し、企業連を窓口として提出される白、青をとわず自主申告については全面的にこれを認める。ただし内容調査のある場合には企業連を通じ企業連と協力して調査にあたる。
<4> 同和事業については課税対象としない。
<5> 国税局に同和対策室を設置する。出来るまでの措置として担当は総務部長、窓口は総務課長とする。
<6> 国税部内全職員に対し、同和問題研修会を行う。この際、講師については府同室及び解放同盟と相談して行う。
<7> 協議団本部長の決定でも局長権限で変更することができる。
(ロ) その要点は、同和対策控除のための租税特別措置法の法制化に努めることとするが、その間の処置として、局長権限による内部通達をもって控除の措置をおこなうこととし、その方法として、企業連(大阪の場合は大企連)を窓口として提出される自主申告については、国税局としてはこれをそのまま認めること、調査の必要ある場合でも企業連を通じ、企業連と協力してするものとし、独自にはしないこととし、当面、右自主申告その他同和に関する税務に関する事務は、担当を総務部長、窓口は総務課長とすることとし、他の税務署職員に関与させないこととする。というものである。他の職員がこれを取扱った場合、自主申告を全面的に認めるという処置が保障されなくなるためである。
なお、国税部内全職員に対し解放同盟と相談して決めた講師によって同和問題研修会を行うこととしているところ、いわば解放同盟の解放教育によって右自主申告そのまま認める措置等を担保しようとするものであることは容易に推認できるところである。
そして、この確認が解放同盟側の同対審答申の趣旨にそって、これを国税の上で具体化しようとしたものであることも明らかである(その正当性ならびに合法性は別であるが)。
(ハ) さらに、同四四年一月二三日には大阪国税局長と解放同盟近畿ブロックとの間において左の確認事項のとおりの確認がなされた。京都その他の全府県に対して、七項目の確認にもとづく自主申告方式を認めさせていこうというものである(弁二四)。
確認事項
<1> 申告については、大阪方式を他の府県にも適用する。執行の際には中央本部と相談する。
<2> 同和対策を進めるためには、税務署長級の専門担当者一名と職員二名、所得、徴収、資産、法人、間税各課長補佐を兼務職員とする同和対策室を設置する。
<3> 助成金については継続審議とする。
(3)(イ) 同特法が成立して間もなくの昭和四五年二月一〇日、官総二-六をもって、同日付をもって政府は各管区国税局長宛、同和問題についてと題する国税庁長官通達を発している。
内容は左のとおりである。
同和問題について
同和問題については、昭和四〇年八月一一日同和対策審議会の「同和地区における社会的及び経済的諸問題を解決するための基本的方策」についての内閣総理大臣あて答申がなされ、ついで昭和四四年七月一〇日同和対策事業特別措置法が制定公布されたところであり、各局においても、下記の諸点については、既にそれぞれ配慮していると思われるが、遺憾のないようにされたい。
記
<1> 職員に対し、同和問題に対する認識を深め、国家公務員としていやしくも法の精神に反するような言動のないよう周知徹底をはかること。このため局署において実情に応じ職員に対する研修等を実施すること。
<2> 同和地区納税者に対して、今後とも実情に則した課税を行うよう配慮すること。
(ロ) 右二項について「実情に則した課税」といい「配慮」といい、これが租税法律主義に基づくべきであるというのであれば、ことさら、かかる通達をする必要はない。右通達の内容がそのような趣旨のことを伝えるものでないことは明らかである。前文にも「既にそれぞれ配慮していると思われるが」と述べており、現状を追認し、さらに現状を継続することを求めるものである。
このことは、翻って前記昭和四三年一月三〇日の七項目の確認がなされて以後、大阪国税局管内では解放同盟、大企連に対して、その自主申告をそのまま容認するというやり方(いわゆる「同和控除」、解放同盟員は納税申告手続きとの関係ではこれを「同和控除」、零申告が認められるという意味では「同和免税」と呼んでいる)が拡がってきており、右国税庁長官通達は、かかる「実情」を追認するものである。他に「既に」「配慮している」ものはないことからも明らかである。
(4) 昭和四五年以降の解放同盟を介しての同和免税の実情は次のとおりである。
(イ) 解放同盟その他のいわゆる同和関係団体は、右国税庁長官通達が発せられたのを機に、それぞれ国税当局に陳情し、同通達第二項の趣旨に基づく同和地区住民のための税負担の軽減ないし免除を要請した。
とりわけ、解放同盟は京都・大阪府下はじめ各地で税務当局との交渉の結果、右通達を根拠とし、解放同盟が多数同和地区住民らのために各自の所得税その他の納税申告書を取りまとめた上、これら住民の納税申告を解放同盟において一括代行することとし、しかもこれら申告書はこれを各所轄税務署へ申告提出することをしないで、たとえば大阪府下では解放同盟が大企連の名義で、また京都府下では同じく京企連の名義で、いずれも各申告書を一括してこれを大阪国税局同和対策室へ直接に持込み提出して申告することとし、以来今日に至るも同様の方法がとられている。
そして、これらの方法で代行申告された納税申告内容はいずれもいわゆる零申告であり、国税当局はこれをいずれも認めてきたのである。したがって、解放同盟を介して申告した納税者らは、具体的かつ実質的にはいずれもほとんど納税を全額免除されるという特別の利益を得て今日に至っている。
(ロ) なお、昭和四九年二月一四日、大阪国税局長と解放同盟中央本部ならびに同京都府連との間において、次のとおりの確認をしている(同京都府連は全解連との間に分裂とその後の体制整備が遅れ、右確認の時期が遅れたものである)。
<1> 部落解放同盟中央本部の指導する京都府部落解放企業連合を通じて四三年、四四年の確認事項に基く税務対策を行う。
<2> 京都府部落解放企業連合準備会代表は、安田敏彦氏とする。
<3> 他の部落の企業者が税務相談に赴いた場合は、税務署は同対審答申と特別措置法の精神に則り指導する。
(5) ちなみに、同特法成立後、同法の趣旨に従って同法第一条に規定する対象地域の多い西日本の各府県の自治体では、地方税の同和関係減免条例が次々に成立し、地域住民の税負担を減免する措置がとられてきた。
(6)(イ) 以上の全経過に鑑み、同和会はもとより同和関係者、これを組織する多数の民間運動団体は、かかる措置を、同特法の趣旨に基づいて国のおこなう同和対策の一環であって、税の減免を求める内容の自主申告は、右の観点から行政が適法にこれを容認するものであり、したがって、自主申告もまた適法のものと考えるようになったものである。
(ロ) もっとも、かかる理解が租税法律主義に照らして誤りであることは多言を要しない。
しかるに、かかる措置が解放同盟関係の団体に関しては現在も継続していること公知の事実であり、かつ、民間団体にして右のような認識ないし考えに至らせるについては、解放同盟の運動のあり方もさることながら行政の側における主体性の欠如、そこからくる誤った対応のし方に重大な原因と責任のあることはいうまでもない。
このことは、昭和六一年一二月一一日付地域改善対策協議会の「意見具申」、同六二年三月一七日付総務庁長官官房地域改善対策官が発表した「地域改善対策啓発推進指針」(いずれも末尾に添付)に照らしても明らかなところである。
右二つの文書は、民間運動団体のエセ同和行為と行政の主体性の欠如が、かかる誤った同和施策を生み出したものとして厳しく批判しているところである。
(二) 同和会の納税対策
ところで、前記のような考えに立ったうえでの同和会の同和関係住民らのための税務対策方針の機関決定およびその取り組みの経緯は次のとおりであった。
(1) 解放同盟は日本社会党を支持政党とする革新団体、これと分裂して成立した全国解放運動連合会は日本共産党と協力関係にある同じく革新団体であるところ、同和住民の中でも自民党支持の立場に立って、同和運動をすすめる住民らは、解放同盟支持の住民らが右のとおり特別の優遇を受け続けているのに、かかる優遇措置のないまま、すでに一〇数年を経過する状態であったことから、これら住民中には、同和会においても解放同盟と同様の税務対策を、同住民らのために繰り上げることを強く要望するようになった。そして、昭和五五年頃にはこれら住民から同和会への強い要請が府下各方面から続出し、理事会でも各支部役員を通して、なされるようになった。
しかも、前記地方税を減免する条例を立法化し始めるに及び、同和会会員を一層苛たせた。
こうした経緯に鑑み、同和会では、昭和五五年夏頃から、会長西田格太郎、副会長鈴木元動丸、事務局長鑓丸冨貴男らが、全日本同和会京都府・市連合会としても正式に解放同盟と同様に同和会会員である地域住民らのために国税当局に対して陳情をし、全日本同和会京都府・市連合会がこれら住民たちの納税申告を一括代行して当局宛に提出し、前記長官通達の趣旨に基づく税負担軽減の格別の配慮を受けさせる、という税務対策を同府・市連合会の業務の一環として取上げる他ないと考えるに至った。
(2) 同和会は昭和五五年九月三〇日に本部役員会を京都市南区役所久世出張所で開催、引続き一一月一一日に長岡京市で各支部長らを含む理事会(いわゆる第三回理事会、なお被告人長谷部は未だ同和会に加入していない)を開催して税務対策方針につき協議し、税金対策については本部において検討し推進することを決定(弁一二)、これに基づき同年一一月三〇日に本部役員である西田会長ならびに鈴木元動丸副会長を中心に、鑓丸事務局長、大島次長、渡守指導員が集まり、これに会長の指名により亀岡支部長であった被告人(なお被告人長谷部は、このとき初めて税務対策に関する同和会の会議に出席したものである)ならびに乙訓支部長であった今井らも参加して会合をもち、仮称の税務委員会を開き、出席メンバーで「経営指導委員会」を構成し、鑓丸事務局長がその窓口を担当することを決定し、ここで全日本同和会京都府・市連合会は正式に右の税務対策に取組むべき方針について機関決定をした。
(3) そこで、体の不調を訴える西田会長を代行して同氏の次男木曽青年部長や鑓丸事務局長、大島次長、被告人長谷部、渡守指導員、乙訓支部長今井らが(鈴木元動丸は急用のため不参加)、昭和五五年一二月二日頃大阪府国税局へ行き、同和対策室長および糸田武久同室係長と面談、同和会が同和関係住民らのために申告代行をおこなうこと、その他の措置につき、解放同盟のなす税務対策に対して与えてきたのと同様の取扱いをしてほしい旨を陳情し、大阪国税局側は、主として糸田係長が応答、要旨次のように述べた。
申し入れについてはよく判った。<1>解放同盟と同じように対応せよという点については、解放同盟と同じように零申告することはご勘弁願いたい。
自民党支持団体である同和会の場合行政に協力する意味で、たとえ五パーセントでも一〇パーセントでも納付するよう処理してもらいたい。(2)個々の案件については、課税、徴収権が、各署の署長にあるので、ここ一度ご足労だが、京都の筆頭署である上京税務署の方へ起こし頂きたい。日時については、私の方から連絡してセットする。
そして、数日後、糸田係長より鑓丸事務局長に対して右日付の連絡かあった。
(4) そこで、京都の筆頭税務署である上京税務署を前記大阪国税局へ行ったメンバーに鈴木元動丸副会長を加えた者らで訪ね、同署長や副署長、総務課長ら幹部に面接し、前記大阪国税局宛になしたと同様の陳述をしたところ、上京税務署側はすでに大阪国税局よりの事前の連絡により趣旨を了承しており、同和会側からの陳述どおり、向後は同和会からなす税務対策に対してはすべて解放同盟に対すると同様の処遇をなすべき旨の了解がなされ、そのため同和会からの申告書は必ず一括して所轄署総務課長の手許に提出するようとの指示がなされ、これを相互確認した。そして、税務署側は、京都府下一三署に対し確認の趣旨を連絡しておく旨申し出た。
(5) そこで、昭和五六年年頭早々から、同和会幹部の副会長鈴木元動丸、鑓丸事務局長、大島次長、木曽青年部長、被告人、渡守指導らがそれぞれ二、三名ずつ手分けして、各税務署に署長ら幹部職員への挨拶廻りに赴き、各税務署幹部を訪問したところ、いずれも上京税務署からの事前の連絡によりこれら各署の署長や総務課長らは、向後は同和会を通じてなされる納税申告に対しては従来解放同盟に対して与えてきたのと同様の処遇する旨、および全日本同和会京都府・市連合会が代行申告する申告署については、必ずすべて一括して各署の総務課長の手許に提出すべき旨の応答がなされ、このことを相互に確認した。
(6)(イ) 以上の経過につき、被告人、被告人鈴木、証人今井、同渡守らも具体的に述べているところである。
ところで、証人糸田をはじめ税務署職員である証人は、これらの事実を具体的には認めようとしない。
しかし、この供述態度・内容に照らし、到底これを措信しうるものではなく、右事実は明らかと言わなければならない。
(ロ) 原判決は右大阪国税局ならびに上京税務署での各面談のあったこと、同和会側から納税に関する要望をしたことは認められるとしている。
もっとも確認の文書を取り交したことはないので、相互確認は口頭によるものである。原判決は被告人らが文書確認をしたと主張しているかのように誤解しているとみられる節もあるが、「要望と確認事項」(弁一五)を持参、同文書によって要望し、なお解放同盟のいわゆる七項目の確認事項をも申し出て協議、そして口頭による確認となったのである。
なお、もともと税務署側においてはかかる協議内容は文書によって確認できる性格のものではない。
(ハ) 原判決は大阪国税局とのこの口頭による確認の存否につき、<1>(イ)もともと、同和控除が局長の通達
でなされることは租税法律主義に反するのでできないことである、とか、(ロ)申告を全面的に認めるのは国税局が審査権を放棄することになり、そのようなことは許されるか疑わしいとか、(ハ)協議団本部長の決定でも局長権限によって変更することは法の明文に反してできないことが明らか、とか、などの理由で国税局がこれを認めるとは考え難い、といい、
また、<2>国税局の機構の制約を考えると、糸田証言の方が被告人の供述と対比してより信用性が大であるなどと述べて、国税局との合意を否定している。
しかし、これは、同和行政の現状からあまりにもかけ離れた判断である。右<1>の各点につき、行政機関が法の建前に反することはなし得ないであろうという前提に立った判断であるが、かかる前提自体を誤るものである。解放同盟の糾弾によって、あるいは部落解放、さらには同特法の趣旨なるものによって、法の建前が数多く歪げられてきた事実を知らないものというべく、実は正にこの点に同特法成立以来の地域改善対策上の重大な問題があったのである。このことを知らない限り、右判断は正されない。
<2>についていうならば、同人が同和対策室の責任であること、同室の現実の任務役割を忘れた議論である。同和対策室は正に機構の制約を破って、同和の名で行政の方針を動かす役割をもつものである。しかしこのことを具体的に、かつ公然と述べられないため、糸田の供述が極めてあいまいなものとならざるを得ないのである。あたかも自白を不当に強要した捜査官が、一切違法な取調べをしていないと供述するのに似ているといってよい。
被告人らの供述は、その余の事情に照らしても十分信用できるものである。
(ニ) 上京税務署における確認につき、原判決は確認事項のうち、二点についてはその場で税務署側が了承したことを認めつつ、そして、この二点自体が重要な意味を持ち、他の確認事項とも重要な連関があるのに、これには触れず、むしろこの点については、河辺証言と右二項目とはニュアンスを異にするとか、(ロ)同和会でまとめた確認事項中には、正規税額の五ないし一〇パーセントの納税をするとの事項が含まれていない、ことなどから被告人らの供述は信用できないという。
ところで、右(イ)の点について言うならば、「京都上京税務署長への要望と確認事項」(弁一五)なる書面は、被告人らが要望し、確認を求めるべき事項を書面にまとめて持参したものである。河辺証言がこれとニュアンスを異にするとしても、そのこと自体から、確認のあったことまでが直ちに否定されるべきものではない。
(ロ)についていうならば、原判決は右要望書の記載内容を確認された事項であると誤解しているようであるが、もともと要望書であり、これに同和会側から自ら五ないし一〇パーセントは納税すると書くはずもなく、このような判断は前提を誤りひいて事実認定を誤るものである。
3 税務対策(本件申告行為)とその態様
(一) 同和会は右の経過を経て、昭和五五年度分納税申告以来、確認事項どおりの申告手続きをし、かつそのとおりに取扱われてきた。
昭和五八年頃から税務当局側からの指導により、全日本同和会京都府・市連合会本部から各納税者らの申告書を各税務署側へ一括提出の際、これら各申告署の表題部に「全日本同和会京都府連」と「京都同和商工振興会」なるゴム印ならびに「全日本同和会京都府連合会」なる公印を押捺し、かつ、申告書と、あらかじめ同和会本部で作成する申告手続代行簿の各代行手続表題記載部分との間に、右公印で契印することを固く遵守励行するよう指導を受け、それ以来同府・市連合会本部は常にこの指導を遵守してきた。
(二) 昭和五五年度分申告書を同和会幹部らが昭和五六年初頭の確定申告期日である同年一月一五日から同三月一五日頃にかけ上京、右京、伏見等各税務署の前記確認にもとづく窓口に当たる各総務課長の許に提出して代行申請をした。
その際、同和会側では国税当局側の付した条件にしたがって、ゼロ申告ではなく適当になにがしかの納税はするという形で税負担軽減の配慮が受けられるような申告書の作成するにつき、その作成方法が判らず、すべて担当者統括官らの手許で、これらの各納税金額を減少して納税者の負担を軽減する技術的方法として、当該所得原因発生の際に必要とした取得経費の計上ないし笠上げ、それに納税者が当該所得金額中から支払弁済をした債務の計上ないし設定等による具体的処理方法の指導を受けて、これをおこなった。
なお、右京税務署の統括官松本庄八のこの点に関する証言は、供述態度ならびに、前記各事情(もともと同和行政は歪げられていたので、ありのままを述べられないことなど)よりして、措信できるものではない。
(三) また、納税者が所得金額中から債権者宛てに債務の支払弁済をした事実を疎明するため当該債権者作成名義の納税者宛領収書を一々創作するには、その都度同和会担当者が当該債権者の住所氏名を架空で作り出さなくてはならず、到底その煩に耐えないところから、これにつき同和会側担当者が譲渡所得の申告手続きをした際、譲渡益が大きく、到底、取得経費の笠上げでは処理できず、このことを税務書係官側に相談を持ちかけたところ、上京、右京、伏見その他の各署担当官は、同和会府・市連側で、同領収書作成の受け皿となるための法人を設立してはどうかとの提案があり、ことに右京署の佐々木敏雄総務課長および松本庄八資産税第一部門統括官らは受け皿として設立する法人にはその商号の一部に「同和」の二文字を入れてあれば、納税者側としても同会社作成にかかる領収書を一見しただけでそれが同和会府・市連作成の証憑書類であることが一見して識別できて便利かつ実務的である旨の意見を述べた。
そこで同和会では、右税務署担当官らの指導にもとづき、前記の領収証作成名義の受け皿とすることをも目的の一部として(後述参照)、同年五月一日付で有限会社を設立した際、その商号をとくに「同和」産業としてその設立登記をし、早速同登記簿謄本一通を右京税務署の佐々木総務課長および松本統括官に呈示報告し提出してきたものである。下京税務署へもこれを掲示した。
(四) 本件捜査・起訴がなされるに至った経過につき、判決罪となるべき事実第一記載の申告事件本件に関し、同相続に係る共同相続人相互間の紛争から、同遺産の分割内容に不満を抱く相続人が同申告手続きを進めた相続税法違反の脱税者であるとして国税当局宛に反復強硬な申入れをするに及び、場合によっては税務当局までも、あたかも右相続税の脱税を黙認したものとの非難攻撃すら始めかねない情勢となった。
当局としては、たまたま同和会の場合は、解放同盟が大企連ないし京企連の名義で申告代行をする場合の方式とは異なり、前記有限会社同和産業作成名義の内容架空の領収証等の証拠類を各申請書にそれぞれ添付して提示していることから、国税当局としては止むなき処置として、右各領収証等の証拠書類を添付してなされている納税申告中の案件多数を取り上げ、これらの同和会の税務対策としてなされた代行申告はいずれも同府・市連合会本部においていずれも架空の右領収証等の証拠書類を乱発偽造の上これを各納税申告書に添付提出して、当該担当税務係官を計画的に欺罔して、税金の納付を免れ、各税法に違反したものであるとしてそれぞれ検察当局宛てに告発するに至ったものである。
(五) 本判決(犯行に至る経緯)中次の点は改められるべきである。
(1) 昭和五五年一一月一一日開催の第三回理事会は、同和会会員の強い要望によって開催され、税務対策について、協議されたものであることは、すでに述べたとおりである。
なお、被告人は、同和会へ未加入であって会議に参加していないことを付言しておく。
(2) 被告人両名ら同和会幹部らは、同和会支部等に納税義務者の紹介を依頼したとの表現がなされているが、会の決定した方針を周知したとうい趣旨に理解すべきである。そしてこのことは組織の行為としては当然のことである。
(3) 有限会社同和産業を設立した経過、すでに述べたとおりであって、税務署側の了解のもとにおこなったものである。名称を「同和」と付した趣旨も前述のとおりである。
株式会社ワールド、および株式会社誠組の各会社印を入手したのは会長鈴木元動丸である。
4 本件税務対策(罪となるべき事実)についての原判決の認定について
(一) 罪となるべき事実第一ないし三〇につき納税者が紹介された経過等については原審検察官の冒頭陳述で一応述べられているところである。ところで、税務対策をおこなうにつき、これを引き受けるかとうか、個々の納税者についての納税すべき額ならびにカンパ額をいくらにするかにつき、被告人には決定権がなく、この決定には若干の例外を除いて参画していない。
もちろん納税額は会長の指示に基づいて申告手続きをするのであるから、同手続中にこれを承知しておこなっているものである。
しかしカンパについては、事前に定められた額、内容を知らされた例外的な場合を除き、多くの場合は府連への入金があって、あるいは女子事務員の手によって銀行の預金口座へ入金され、または帳簿へ記帳されることによってこれを知り得たものであり、中には、
本件公訴により記録によって知り得たものもある。
このようなことであるから、被告人はカンパを自ら受領したこともない。女子事務員がこれを受けとり、管理していたものであり、約定どおり支払われたかどうかは鈴木会長が自分で確認していたものである。
被告人は、この趣旨のことを原審でも申し立てている。これに対して検察官は、論告要旨で、概ね次のように述べている。
<1>被告人は「事実上税務対策の中心者となり」、右渡守や本部役員や事務員を補助者として使い、脱税工作の全般を指揮している(二四頁)。さらに、<2>申告書作成に当たっていたにすぎないとの弁解につき、「納税義務者は税務を含め連合会に拠出するカンパ金額しか関心を示しておらず、紹介者と納税義務者との間で事前に申告額について話合いがなされた例はなく、申告額は個々の案件ごとに被告人長谷部がその裁量に基づき決定していたものと認められる」と(二五~二六 頁)。推論であるがその前提を誤っている。
原判決は右検察官と同じように認定したものであることは、補足説明中で、「被告人鈴木元動丸は、本件各犯行についての個々の具体的申告内容まではたとえ知らなかったとしても」として間接事実をもって故意の存在を推認していることから容易に判断しうる。
しかし、これは事実を誤認するものである。
次に、原判決理由中、罪となるべき事実につき順次問題の要点のみを指摘しておく(なお、本項では「申告すべき納税額」ならびに「カンパの額」の決定を方針の決定と表現する)。
(1) 第一につき、
納税者中川増穂は辰己支部支部長兼同和会副会長である村井英雄ならびに辰己支部事務局長村井信英を通じ辰己支部の会員であるとして税務対策の依頼をし、鈴木会長と右二名とで方針を決定した。
被告人は、カンパの額は五八〇万円であると認識していた。府連の会計へ入金されたのが右の金額であったからである。記録によると、カンパ額は二六、二八六、六〇〇円であったようであるが、このことは知らなかったものである。
五八〇万円の内、金五〇万円は先に昭和五八年四月九日、同和会福島県連大会へ府連から五名参加した際、参加費用五〇万円を被告人が立替払いをしていたところ、その弁済として被告人が支払いをうけた。
(2) 同第二につき、
山内健一美山支部長の要請により、税務対策をしたものである。方針は会長鈴木が決定。
府連へ入金されたカンパ額は、一、九二〇万円であり、被告人はこれ以上のことは知らなかった。
なお、このカンパならびに第一八の荒木信一からのカンパの合算額から被告人は昭和六〇年度分の給与として金一、〇〇〇万円の支払いをうけた。
(3) 同第三につき、
納税者は不動産業者辻井哲男(元乙訓支部長と同業者で付合いあり)の紹介で、鈴木会長と協議のうえ方針を決定。
被告人の知るカンパ額は金二、七〇〇万円で昭和五九年六月二三日、府連の預金口座へ入金。これを旅行社へ支払うべき、同年五月二五日東京で開催の全日本同和会全国大会への参加費の支払い、ならびに会運営費として使用されている。
(4) 同第四につき
右辻井哲男の紹介によるものであり、前同様、鈴木会長が方針を決定。
なお、カンパ金一、〇〇〇万円は昭和五八年六月三〇日に府連へ入金、女子事務員がこれを受領した。その後の管理状況は明らかではないが、同年七月三日埼玉県熊谷市で開催の埼玉県連大会兼全国研修会へ府連から約一二〇名参加。おそらく会長鈴木がこの参加費等に支出したものと思われる。
いずれにしても、被告人が個人的に分配をうけたという事実はない。
(5) 同第五について
右と同様、辻井哲男の紹介にかかるものである。方針決定は会長鈴木と事務局次長渡守らにおいてなされた。
府連へは昭和五八年七月一五日、カンパ金一、〇〇〇万円の入金があり、これを女子事務員が受領した。
内二〇〇万円は被告人が同年八月七日、府連が亀岡支部研修会へバス二台、約八〇人が一泊二日で参加するにつき、その費用としてこれを持参し支払いにあてた。やや不足が生じたが、被告人が立替払いをした。
(6) 同第六について
納税者西村博は八幡支部長西村昭和の親族であり、同支部長が会長鈴木に対して紹介、会長が方針を決定したものである。
なお、カンパ額は一五〇万円であって、納税を免れた分と比して少ない。これは、右支部長が、会長の、親族であることを理由に特別に依頼したことによる。カンパ金は全額府連の預金口座に入金、同会の運営費として使用されている。
(7) 同七について
南支部長藤本勝英の紹介により、会長鈴木が方針を決定。
府連に対するカンパ額は金六〇〇万円で、入金されたことは帳簿に記載されており、府連の運営費として使用れれている。
(8) 同八について
八幡支部長西村昭和の紹介にかかるもので、方針を会長が決定。
府連へのカンパは五〇〇万円で小切手で支払われており、府連の預金口座へ入金されている。会の運営費として使用されている。
(9) 同第九について
元乙訓支部長今井正義が、南支部長藤本勝英を通じて紹介、両名と会長鈴木との間で方針を決定。
府連へのカンパ額は八〇万円であり、この入金の事実は会の帳簿に記帳されており、会の運営費に使用されている。
被告人は右金額以上の額についてはこれを全く知らないものである。
(10) 同第一〇ないし一五につき
いずれも元乙訓支部長今井正義の紹介にかかるものである。そして同人と会長鈴木との間において方針を決定。被告人は鈴木からそれぞれの納税額をいくらにするかについて指示をうけ、これに従って申告書を作成したが、カンパの額はいくらなのか一切知らされていない。証拠上、府連へ入金されず会長鈴木が費消したものであることは明らかであるところ、被告人はこのことも知らされてはいなかった。
(11) 同第一六について
鈴木会長が代表取締役である株式会社丸元(土建業)の従業員が紹介したものである。
納税額とカンパ額は納税者小原の希望を被告人が会長鈴木に伝え、会長が決定した。
府連へのカンパ額二〇〇万円全額は会の帳簿に記載されており、会運営費として支出されている。
(12) 同第一七について
同第一六の納税者小原靖弘の紹介によるものであり、方針の決定経過は同第一六の場合と同様である。
府連へのカンパ額は二、四〇〇万円で、昭和五七年七月五日現金で支払われた。被告人は、同日このうちから昭和五七年度分の給与の内金として(同年度分は未だ全く支給されていなかった)金七〇〇万円の支給をうけた。なお、鈴木会長が一、〇〇〇万円、渡守事務局長が七〇〇万円をそれぞれ同年度分の給与として同日支給を受けている。
(13) 同第一八について
税理士笹本の紹介によるものである(検察官冒頭陳述第三、一八、5参照、原判決は同人を共謀者として取扱っていないが誤りである)。
笹本は、元税務署職員であり、いわゆる同和減免が行われていることを周知しており、そのため紹介することとなったものである。そして笹本は納付すべき税額とカンパの希望額を申し出た。
被告人がこれを受け付けたが、紹介者が同和会会員でなかったので、会長に報告・相談のうえ、会長は申し出どおりの方針でおこなうことを決定した。
府連へのカンパ総額は三、三四〇万円、内笹本へ一、一二〇万円を還元支払いをした。これは笹本が依頼の条件として申し出たことに対し、これに応じたものである。
府連へのカンパ二、二二〇万円は、これと第二の山崎からカンパとして入金のあった一、九二〇万円との合計四、一四〇万円をもって、昭和六〇年度分の給与として会長、渡守・内藤各事務局次長ならびに被告人の四名が各一、〇〇〇万円宛支給をうけた。残り一四〇万円は、会の運営費として支出されている。
(14) 同第一九について
納税者山本寿は、会長の知人であり、被告人は会長から指示されて手続きをした。
被告人はカンパの約束のあったこととその額を、原審検察官の冒頭陳述書の記載によって初めて知ったものである。
(15) 同第二〇について
副会長兼辰己支部長村井英雄の依頼で手続きをしたものであるが、納税額、カンパ額とも、村井の要請どおりにおこなった。
府連へのカンパは一五〇万円と少ないのはそのためである。
これは預金口座へ入金され運営費に支出されている。
(16) 同第二一について
前記村井英雄ならびに辰己支部事務局長村井信英の依頼で、その指示どおり手続きをおこなったものである。
府連へのカンパは同第二一の一については二三〇万円、二については二七〇万円である。いずれも会の預金口座へ入金されている。
(17) 同第二二について
第二一の場合と同様、村井らの依頼でその指示どおり手続きをした。
府連へのカンパは九〇〇万円で、会の預金口座へ入金されている。
(18) 同第二三について
第二一と同様の経過で手続をした。
府連へのカンパは二五〇万円で、昭和六〇年五月上旬頃女子事務員が預かった。
直後本件による捜査のため記帳がされていないようである。
(19) 同第二四について
司法書士松本善雄の紹介によるものである。同人は、副会長村井英雄か建設業と測量事務所を営んでいることから親しく、そのため村井から聞き及んで紹介をすることとなったものである。
そして、被告人は、松本に求められて同人に対し税務対策の説明をしたことがあるが、紹介方を依頼したことはない(原審検察官冒頭陳述書第三、二七、3参照)。
府連へのカンパ金額は合計四五〇万円であるところ、帳簿に記載されている。
(20) 同第二五について
納税者井上博文と、不動産取引業を営む宇津竹二郎とは義兄弟であるところ、宇津を通して渡守事務局次長ならびに鈴木会長が紹介をうけ、両名で方針を決めたものである。
府連へはカンパとして五〇〇万円の小切手、二〇〇万円の現金で支払われ、小切手分は当然会の預金口座へ、現金分は会の帳簿に記載されている。
(21) 同第二六について
紹介の経過は第二四と同じである。被告人は副会長村井英雄の指示により申告手続きをした。
府連へのカンパの額につき、被告人はこれを知らない。但し、村井英雄副会長は、昭和五九年三月二九日頃、後出の第二六、二七、二八の三件分と合わせ合計一、八六〇万円を会へ入金した。
同日、この内から被告人は、昭和五九年度分の給与の内金として四〇〇万円の支給をうけた。他に会長、副会長、渡守事務局次長がそれぞれ四〇〇万円宛、同年度給与の内金として支給され、残額は会の帳簿へ記帳、女子事務局員がこれを管理している。
(22) 第二七、二八、二九について
いずれもカネボー不動産株式会社の役員ならびに不動産仲介業者である惣司定治郎らが松本司法書士の紹介で村井副会長へ申し入れをし、同副会長が方針を決定したものである。
第二七、二八の件についてのカンパは、(21)で述べたとおりである。
第二九の件については、カンパ額の九〇〇万円を一旦、同和会の帳簿に記帳、昭和五九年一一月二二日から沖縄県那覇市内で開催の全国研修会および沖縄県連大会へ約六〇名が参加するにつき、大半を支出、その余は会の運営費として支出している。
(23) 同第三〇につき
不動産取引業者戸山孝が元宇治の善法支部長岩崎善彦を訪ね、同支部事務局長を通じて、渡守事務局次長へ紹介され、会長が方針を決定したものである。
府連へのカンパは二、〇五〇万円であり、昭和五九年一〇月二五日入金された。これを同日、昭和五九年度分給与の未払分として、被告人に六〇〇万円支給された。同日、鈴木会長、渡守も各六〇〇万円宛給与未払分として支給され、その余の残額は府連へ入金、記帳された。
(24) 被告人の任務
被告人は、右に述べたとおり、鈴木会長らによる方針決定に従って申告手続きをおこなったものである。もっとも、方針決定の経過、内容を全く知らなかったという趣旨で述べているわけではないが、権限の所在とその行使の過程は正確にする必要がある。
(25) 財政状況と給与について
被告人は、同人が事務局長に就任した昭和五六年当時は、府連に何ら財源もなく、専従員は手弁当で活動に参加していたものである。そして会運営費を至弁することもできず、被告人も多額な立替支出を余儀なくされていた。
税務対策をおこなうようになって、ようやくカンパ収入で運営費をまかない、また、給与を支給することもできるようになった。
府連では、昭和五六年一月九日開催の昭和五六年度第一回本部役員会において、「専任役員の活動手当の金額」ならびに「事務職員の給与について」を議題として論議し(なお当時の事務局長は鑓丸であり、被告人は本部役員でなく参加していない)、それぞれの額を決定した(弁一八)。
ここにいう「活動手当」とは実質上の給与であり、前述の給与と表現してきたものに当る。そして、活動手当は実際には支給することができず、昭和五七年度は各七〇〇万円、同五八、五九、六〇年度は
いずれも各一、〇〇〇万円の支給をうけることとなったものである。
その支給と財源と時期については、右にそれぞれ述べたとおりである。
(二) 被告人の不正利得なるものについて
(1) 原審判決は、その量刑の理由中において、被告人両名は、カンパ金名下に、納税者から支払われた金員のうちから給料その他の目的でそれぞれ相当額の不正利得を得ていると述べる。給与として受領した額については、前述したとおりであるが、その他の名目で不正利得を得たかについては、被告人鈴木に関してはいざ知らず(記録上は相当額を私腹している)、被告人長谷部については右給与以外には個人的に利得したものはない。
(2) 原審検察官の論告要旨によると、記録に表われた事案中、被告人の利得金は約五、九九二万円、但しこれは番号六六、六七、すなわち昭和六〇年度分の給与計一、〇〇〇万円を除いた額であるという。
しかし、給与分は前記のとおり、右以外に、昭和五七年度分七〇〇万円、同五八年度分一、〇〇〇万円、同五九年度分一、〇〇〇万円の計二、七〇〇万円を支給されており、これを右総額から控除すると約三、二九二万円が給与以外の額となる。
被告人は、実際にはこれをやや上廻る額を府連から寄託された。
被告人が預かった金はいずれも府連の活動費として支出されたものである。
たとえば、観光バスを営む丸元観光株式会社へ、昭和五七年一二月から同六〇年四月までの間に、被告人が右寄託金から支払った額だけでも二、二八〇万円である(追って証明する)。これは、府連および各支部が研修会、大会、集会等へ参加するための交通費である。
他に、国鉄、航空機などの交通費、宿泊費、食事代等にも多額な支出をした。
このようにして被告人は給与以外に特別な利得は一切受けていないのである(この点については、原審で十分証明努力がされていないが、追って立証する)。
(三) 犯意、行政の責任、情状
(1) 被告人に犯意があったかについては、右全経過からして否定的に解さなければならない。
この点につきなお若干の説明を付加しておく。
(イ) 府連の財源は、再建後、主として税務対策によるカンパ収入に頼ってきた。なお、府連は他にも若干の事業収入を得ており、多いときで月五〇万円位はあり、また京都府から同和研修費名下での助成金として年一〇〇万円ないし二〇〇万円位は支給されていた。
会員の収める会費は支部運営費として支出されていた。但し、会員から満足に納入はされていない。
他方、運動をすすめるには、右にみてきたように、集金、研修会等へ多数の会員を動員し、参加させるなどしなければその発展は期し難い。当然、相応の収入を必要とするものであるところ、京都府連が林田知事就任後再建をしたのも、同知事の下で、府からの助成金の支給をうけることができるようになったためである。しかし、なおその財源は微々たるものであった。
解放同盟と同様、カンパ収入を得なければ、到底、組織を維持し運営していくことはできなかったのである。同和の民間組織は、このように会員の自立心、向上心に欠けるところもあり、自主的に組織を自ら支え、運営することはできない実情であったのである。同和会についてはこのことが特に顕著であった。にもかかわらず解放の運動を進めようとする場合、どうしても下から組織されないで、指導者主導ないし請負い型となる傾向が必然的に強かったのである。
このようなことから、税務対策は、もともと二つの目的を持っていたのである。
<1> 税の減免で地域住民の生活向上に資する。
<2> カンパ収入を組織の財源とし、その活動を維持する。
窓口一本化の方式が自治体によって容認されてきたのも(法律上も、また部落内に差別を持込み、あるいは組織の利権行為につながるなど多くの重大な問題があるが)、かかる二つの目的を達成するためのものであり、本件につき、同和会府連が納税申告手続きを代行することとし、行政がこれを認めてきたのも同様の趣旨・目的からである(解放同盟についても同じ)。
そして、このような方法で民間団体の活動を保護助成することも、行政の同和行政のあり方のうえで必要なものとして理解され、実行されてきたのである。
(2) 税務署側が、同和会の税務対策を容認し、方法、内容についてもこれを確認してきたのは、かかる事情による。
このように、民間団体の側と、同和対策室を設けて、その対策に当る行政の側に、認識と方針の一致があったので、本件のような税務対策を行政側が容認し、ときとして積極的に援助してきたのである。
別添部会報告はもちろん、啓発指針は「地域改善対策の今日的課題に関する事項」につき「民間運動団体の運動目標等をそのまま行政の行う啓発素材として取り入れているものが一部の地方公共団体の啓発にみられるが、行政の主体性の確立の観点から自粛すべきである」としているのも、地方公共団体だけでなく、まさに本件国税当局の側の対応についての現状認識を述べかつ批判しているものである。
そして、意見具申は現状について、「新らしい要因の第一は、行政の主体性の欠如である。現在、国及び地方公共団体は、民間運動団体の威圧的な態度に押し切られて不適切な行政運営を行うという傾向が一部にみられる」とし、解放同盟による糾弾を武器とした行政闘争などと、これに適切に対応できない行政の現状をも批判しているのである。
さらに「行政機関は、えせ同和行為が横行しているという事態を深刻に受け止めるべきである」とも指摘している。
一般的な指摘ではあるが、現状認識ならびに指摘として正しいものである。
(3) かかる現状は未だ解放同盟との関係では正されていない。ところで、それはともかくとして、同和会京都府連の幹部としては、永年解放同盟に対してなされているかかる行政のあり方を、正当なもの、同和行政の推進という観点からして、法律上も許されるものと考えたからといって、無理からぬ点があるのである。
(4) そして、他方、少なくとも租税法律主義の観点からして許されないところの法の適用を、行政が容認してきたことの行政主体の責任は重大である。
しかるに、今なお当局はその職員で組織する全国税労働組合からの厳しい追求にもかかわらず、また、退職職員による内部告発にもかかわらず、未だに解放同盟については窓口一本化を認め、部内職員に対してすら極秘の特別扱いをすることによって税の減・免という税務対策を擁護し続けているのである。
当大阪でも「大企連」「中企連」へ頼めば、税金がタダになるとか、安くしてもらえるなどと言われていることは公知のことであり、また、現に我々の身辺にも、税金を支払わないために大企連、中企連へ加盟し、税務対策をしている中小企業者の多いことも広く知られているとおりである。
行政の責任は重大なのである。
(5) ところで、本件多数・多額な「脱税」を見逃したとされつつ、行政当局の中で誰一人として処分を受けたものはなく、かえって、たとえば、本件当時、右京税務署総務課長として本件税務対策に基づく申告を受理する窓口を引きうけ、同和産業設立を示唆した佐々木敏雄は、その後滋賀県水口税務署署長へ栄転している。
本件のような誤った解放運動のあり方を助長し、エセ同和行為を横行させ、解放の事業そのものを堕落させてきた。このことに対する主体性を欠いた行政の責任は重大である。
このことについての重大な反省なくして、民間団体の誤りのみを責めるのは片手落ちである。啓発指針が示すように、正しい地域改善対策事業を進めて行く上でも禍根を残すものといわなければならない。
被告人の情状ならびに量刑を考慮されるうえで、深甚なるご配慮を求めたい点である。
三、情状に関する補足事情
1.被告人は、本件検挙を期に、次のように深く反省している。
(1) 被告人は、解放同盟へ加盟したが、同盟の糾弾闘争のあり方に批判的な考えをもつようになってここを離れた。正当である。そして、同和会へ加入した。しかし、いずれの場合も、部落の現状を外からみた場合と、生活を共にし体験を通して、つまり内からみた場合とは大きな違いがあることに気付き、実情のひどさから解放の運動に参加しようとしたものである。
しかし、なおいささか同情が先に立ち、解放の理論を深く学んで参加したというものとはいい切れない。
それでも部落住民のために役立とうと努力したことは言うまでもないところである。
(2) ところが、自らが良かれと考えて関与した税務対策は、結果において法に反する行為であり、かつ多数の人々に重大な迷惑や損害を与えることとなった。被告人の最も心を痛めるところである。
(3) そして、この体験を通じて、税法上の知識を十分持たないで関与したことの誤りなどに深く気付き、また、エセ同和行為が解放に役立たないものであること、を深く理解するに及び、同和会を脱退したものである。
改悛の情深いものがある。もちろん再犯の惧れは皆無である。
2.納税者が蒙った被害は、法的にも道義的にもこれを弁償すべきものと考え、目下これに努めていること前述のとおりである。
四、むすび
以上のとおりであるところ、被告人が有罪であるとしても、次の点から原判決の量刑は不当であって、破棄を免れない。
1、他の共犯と比較しても、被告人に対する原審判決の量刑は明らかに判断の前提の誤り、ひいて均衡を失するものである。
2、行政の責任に照らし、また、行為の動機・目的に照らし、重きに失するものである。
3、改悛の情深く再犯の惧れもなく、とりわけ被害の弁償に努め、ないしは応分の弁償をした点を、改めて考慮されるべきである。
以上のとおりである。
地域改善対策協議会今後における地域改善対策について(意見具申)
一九八六年十二月十一日
<省略>
総務庁長官官房地域改善対策室
地域改善対策啓発推進指針
一九八七年三月十七日
<省略>
控訴趣意書
一、被告人 鈴木元動丸
一、事件名 相続税法違反、所得税法違反
一、事件番号 昭和六二年(う)第一二九三号
一、控訴趣意 左記のとおり。
右のとおり控訴趣意書を提出する。
昭和六三年二月二六日
右弁護人 小島壽
同弁護士 豊岡勇
大阪高等裁判所第二刑事部 御中
記
控訴の趣旨
一、原判決には事実の誤認があり、そのため同伴決は著しく当を得ないものとなっているので、御庁におかれ原判決をご破棄の上、被告人に対し無罪のご判決を賜りたし。
二、もし右が認められなかったとしても、被告人が原判決判示に係る第一乃至第二九の各事実につき何れも何らの犯意をも有しなかったについては一応それが客観的に首肯さるべき充分の情状が認められ、原判決の量刑は不当に重きに過ぎるものと思料されるので、御庁におかれ原判決をご破棄の上、是非共懲役刑につき執行猶予のご判決を賜わるべし。
控訴の事由
第一、原判決の事実誤認について
一、原判決示各事実に係る事実誤認。
原判決は判示第一の事実乃至第二九の各事実につき何れも被告人鈴木元動丸に脱税の犯意ありしものと認定し、同被告人に対し懲役刑の実刑及び罰金刑の各判決言渡をなしたものであるが、実は同被告人にはこれらの諸事実につき何らの犯意をもなかりしものであり、原判決にはこの点につき明らかに事実を誤認した過ちがある。
二、被告人と本件各判示事実とをめぐる背景をなす事情とその経緯に係る原判決の認定の誤りについて。
原判決における前記事実誤認は所詮、被告人鈴木が昭和五五年一一月一一日当時、副会長の地位に在った全日本同和会京都府市連合会が第三回理事会を開催し、下部会員らからの盛上る要望に応じ、予て既に過去一〇数年間に亘って税務対策を実施してきた部落解放同盟に倣い、同和会においても所謂同和課税減免の取扱いを受けるため税務ご当局に陳情してその諒承を得た上で本件各判示事実の如き税務対策を行うに至る迄の経緯とその背景をなす事情とにつき殆んど根本的にその認定を誤ったところに起因する。
よって以下においてこれらの経緯の真相と、原判決における事実誤認の実態とを明白にするものである。
第二、原判決判示各事実に係る被告人の、違法の認識の欠缺について
一、被告人が全日本同和会のなす税務対策を適法の行為なりと確信した根拠。
(一) 全日本同和会京都府市連合会代表者らが昭和五五年一二月二日の大阪国税局代表者らとの話合い、及び同年同月八日京都上京税務署長ら同署代表者との話合いを通じ、税務ご当局側としては向後全日本同和会に対しても従来、部落解放同盟に対して与えてきたのに準じた取扱にすることは諒承するものの、革新団体である部落解放同盟とは相異なり、全日本同和会は現体制支持の立場に立つのであるから、ゼロ申告ゼロ納税を建前とする解放同盟と相反し、税務当局に協力すると謂う姿勢を執り何がしかの納税はこれを実行して貰いたい旨の意思表示がなされ、全日本同和会側も進んでこれを諒承した。
(二) その後、昭和五六年二月一五日以降開始された昭和五五年度確定申告に際し、全日本同和会京都府市連を代表して長谷部純夫らが京都下京税務署・同右京税務署・同伏見税務署・同宇治税務署その他で各所得税担当統括官らに対し、全日本同和会側が正規税額の五パーセント乃至一〇パーセント程度の実際の納税をすると言うについては、部落解放同盟が各傘下の企業連合会を通じて実行している通り、申告書の記載上は所得ゼロ、納税額ゼロと記載提出させておけば宜しいのかどうかにつき伺いを立ててみたところ、各担当官側においてそれぞれ長谷部らの持参した各数例の納税申告につき具体的に、各申告書用紙についてそれぞれ、所得金額何円、取得原価乃至貸倒れ債権額何円、差引正味納税額何円というふうに、代筆記入をして、正味納税額を圧縮削減する文例を摘示した上、これら取得原価や貸倒れの事実と金額とを証明する同支出金員の領収証や納税者の債権の貸倒れを裏付ける証拠書類等を然るべく作成してこれを右申告書に添付提出する方法を示唆指導されたものである。
これらの事情は何れも同和会の事務局長で且つ同会の税務対策責任者を担当していた長谷部から後日同会長に昇格した被告人鈴木に報告し、同被告人は長谷部に対し、そうした方法で税務ご当局が同和会の税対に対し同和課税減免の優遇を間違いなくしてくれる旨の示唆指導のあった事実につき特に念を押した上、長谷部の説明を納得するに至ったものである。
(三) ところで長谷部らは右方法により、必要領収証等を然るべく作成に当ったものの、同証作成者の住所氏名等を架空で設定する繁に耐えかねその旨を前記担当官らに相談を持ちかけると共に、やはり出来れば解放同盟並に申告書だけ提出し、課税額控除項目の裏付資料はご勘弁願いたい旨陳情に及んだところ、これら領収証等の作製名義人となる受け皿としての法人を設立するのも一方法であるし、殊に同法人の名称の一部に「同和」という字句が含まれておれば、担当官側としては、同名義で作成された領収証等は、同和会側からの納税申告書に添付された課税控除項目裏付の疎明資料であることが一目して識別し得るので、事務処理上も頗る便利である旨の示唆指導がなされた。
(四) そうした事情から長谷部らが、右当局側からの指導の趣旨により、鈴木会長や渡守次長らに右指導の事情を伝達し同人ら共同で有限会社同和産業なる会社を設立し、同会社名義で作成した領収証等を、その後次第に件数の急増した同和会仲介斡旋の多数同和関係納税者らからの多数の納税申告書に、同和会側ではその都度添付し、その後本件検挙に至る迄の前後四年乃至五年間に亘り、累計総数実に数百件に上る納税申告書に、それぞれ同会社名義で作成した領収証等をそれぞれ何れも課税控除項目裏付の証拠書類として添付提出してきたものであった。
二、原判決の挙げる被告人の犯意の根拠の非妥当性について、
原判決は先ず、
(一) 租税法律主義の立場からしても税務当局が部落解放同盟に対し、所謂ゼロ申告、ゼロ納税の方法による同和課税減免などを承認しうる筈がないから、被告人が、税務当局におかれ部落解放同盟に準じて全日本同和会に対しても所謂同和課税減免の優遇をする等と言う話を税務当局側から耳にしうる筈がないから、被告人の弁解は偽りであり、被告人に本件脱税の犯意がなかった筈がない、と断じている。
しかしながら、税務ご当局が本件検挙後も引続き今日に至る迄、部落解放同盟が傘下各企業連合等を通じてなす所謂ゼロ申告、ゼロ納税に対し何れもこれを認容している事実は一般世人周知の事実であり(証人木村美代治証人調書参照)(なお、原判決は長谷部や木村が原審法廷で「解放同盟関係者でも納税する場合がある」旨供述したとして、解放同盟の税対に対する当局の同和課税減免措置を否認せんとしているが、木村らは解同関係でも企業融資を受けるため納税証明を必要とする限定で納税する者がある旨供述しているに過ぎず、原判決の論拠たり得ない)、昭和五五年一二月二日大阪国税局側と、また同年同月八日上京税務署側との話合に際し、同和会側からの、部落解放同盟と全日本同和会とを向後の税務対策上、同等に優遇してほしい旨の陳情に対しご当局側が決してこれを拒否することなく諒承相成ったことはむしろ客観的にその後の事態の経緯からも当然首肯しうるところであって、この点に係る被告人や長谷部らの主張は充分にその真実性が認められるところであり、この点に係る原判決の認定は事実誤認というほかない。
(二) 原判決はまた、被告人ら全日本同和会による税対に際しては、被告人らは長谷部らを通じ、予め計画的に言わばペーパー会社である有限会社同和産業を設立した上、同会社名義で作成した多数の、何れも架空の領収証等を作成した上、本件各納税申告に際しその都度これら申告書に計上した何れも架空の課税控除項目裏付のための証拠書類として各申告書に添付してこれを税務署側に提出したものであるから、被告人らはこれらの虚偽の申告により税務署側の各関係担当官らを欺罔して具体的納税額を不正不当に圧縮減額し、以て何れも所得税乃至相続税のほ脱を企図したものであるから、その具体的手続・手段方法まで認識していなかったとしても、何れも「税を免れる手段方法が不正であることを認識」していた筈であるから、何れも税法違反の犯意あるを免れない旨認定している。
而しながら、全日本同和会側が長谷部らを中心にして右、有限会社同和産業を設立し、同会社名義で作成した領収証等を、各納税申告書に計上記載した課税控除項目の裏付け資料として各申告書に添付提出したのは、前記の通り何れも税務ご当局側からの示唆指導に基づいてなしたものであるから、被告人らとしては、かかる手続方法によって各担当官らを欺罔する意思などは毛頭抱いてはいなったものであり、従ってまたかかる方法で各担当官らを欺罔しうるなどとは全然想像すらしてはいなかったものである。事実、何れも同一人の作成名義で多数の、且つ、何れも多額の額面金額に亘る領収証が、しかも多年に亘って反復継続して税務ご当局宛に提出されるということになれば、各担当官らがこれに気付かない筈はなく、従って本件における前記の如き経緯で予め各担当官らがこれを了承していたと言う特段の事情がない限り、担当官らが、これら多数の、しかも同一名義人作成の領収証の真実性をいぶからない筈のないことは、三才の童児にも充分に判り過ぎるほどに明白な事実であるから、全日本同和会側の長谷部その他の関係者らがかかる愚かにして且つ危険極まる所為を、しかも脱税者らにとっては鬼よりこわい税務ご当局を相手にして為す筈もないことは自明である。
現に税務ご当局におかれては、被告人側の主張する通り、前記の如き事情と経緯のもとに、同和会側から右のとおりの手続による所謂同和課税減免適用を前提としての納税申告がなされたればこそ同和会側からのこれらの税対申告を、昭和五六年二月の申告手続その後本件検挙に至る迄何れもこれを何らの異議も止めることなく受理承認相成ったものであり、これらの歴史的事実が最も雄弁に、本件各納税申告手続の具体的手続や方法が、前記の通り予めご当局側により同和会側に対し充分に誤解が与えられていたものであった事実を裏付けているものである(これらの客観的な歴史的現実については原判決すらこれを否定してはないところである)
(三) 原判決は、また、本件各納税に係る税対が、もし同和行政の一環として可能であるならば、当局側が同和会側に対し、有限会社同和産業なる会社を所謂受け皿として設立するよう示唆をしたり、或いはまた納税申告書に架空の課税控除項目を計上させ、これが裏付としての右会社作成名義の領収証等を同申告書に添付提出するような自己矛盾的な行政指導をする筈も必要もない旨認定している。
しかしながら、前記の通り部落解放同盟が同傘下の各企業連合等を通じ遠く昭和三五年頃から今日に至るも未だ所謂ゼロ申告ゼロ納税の方式で同和課税減免の優遇を受けている現実のもとに税務ご当局としては全日本同和会が現体制護持の政治思想に立脚している事情に即応じ、ゼロ納税ではなく、政府に協力する意味で、せめて正規税額の五パーセント乃至一〇パーセント程度の金額はこれを具体的に納税させる、との建前から、同和会側から、ご当局側の右方針に立脚した具体的な納税申告手続の指導を求められた結果、具体的な納税額が右にいう程度に減額優遇されるように算出する方法として、各現実の所得額に相応する課税控除項目と同控除金額を然るべく計上した上、それら控除項目の裏付として、右受皿会社作成名義の領収証等を作成添付せしめる、という方式を行政指導として行われたと言うのは、それが行政措置として好ましいか否かは別として、片や多年に亘る部落解放同盟に対する同和課税減免の具体的かつ現実的な在り方との比較衡平の観念に立脚し、寧ろ現実的には緊急避難的意味での合理的手段として、ご当局側の手で採用され且つ便宜的行政措置として示唆指導されたものであった、と言う被告人ら同和会側の主張には、寧ろ極めて具体性があり、これを以て被告人らによるデッチ上げの局面糊塗的弁解と退けることは明らかに当を得ない事実誤認のそしりを免れない(しかも前記の通り、その後右方式による同和会側からの税務対策上の手続としての納税申告手続が多数且つ多年に亘り税務ご当局により認容されてきた歴史的現実がこれを実証している)。
(四) 原判決はまた、被告人ら全日本同和会側が、同会のなす税対に当っては、同会への納税申告代行依頼人の資格を同和会々員に限定していなかった、とか、或いはこれら依頼人が現在同和地区以外に居住している場合でも、果たしてそれが同和地区出身者か否かを何ら確認する措置を講じていなかったから、被告人らの主張する所謂税務ご当局との事前の了解に基づく同和課税減免に該当するか否かを意に介してはいなかったのであるから、被告人が本件税対行為が所謂事前の税務ご当局との話合に基く同和課税減免の適用を受ける合法的税対としての認識を欠いており、従って、税法違反の犯意ありしもの、との認定を免れないもの、としている。
而しながら、この点については、被告人ら本件同和会関係者が何れも原審公判廷において明らかにしている通り、
1、被告人ら全日本同和会側としては、右の所謂同和課税減免の適用を受けうる納税者の範囲は、現に同和地区に居住する者および同和地区の出身者、即ち所謂同和地区縁故者とする旨の、謂わば属地属人主義の解釈に立脚すべきものとして当初から明確にしているところである。
2、また、本件各納税者について、果して所謂同和縁故者に該当するか否かの事前の確認の問題については、被告人らとしては、現時における社会的現実の問題として、尚且執拗にして頑固な差別観念が一般世人の意識中に根強く残存している社会環境のもとで、全日本同和会に対し或いは結婚の斡旋を、或いは就職の斡旋を、或いは更に納税問題の相談を持ち込んでくる人達は何れも一〇〇パーセントが同和地区縁故者であって、非縁故の一般市民がかかる相談や依頼に訪れる可能性や蓋然性は全くゼロと考えていたのが真相である。
こうした事情により明らかな通り、原判決の右認定は付会の論理を盾とした事実誤認のそしりを免れないものである。
(五) 原判決は更に、被告人らの犯意を裏付ける根拠として、
1、すでに昭和五六年九月頃、長谷部が税理士西川平に対して本件税対手続きの事務補助を依頼した際、同税理士がこれを渋ったところ、同人の名前を絶対表面には出さない旨約束した事実、
2、また小原靖弘に対して長谷部が「自分が旨くやってやるから任せてくれ」と申し向けると共に、同人と税務署との直接の接触を避けさせようとした事実、
3、長谷部が納税者沢田から同和会に支払われたカンパ金の中から金一、二〇〇万円を右小原に支払った事実、などを理由に、長谷部は本件税対が税法違反の所為である事実を認識していた旨認定している。
而しながら、右の各事実については、被告人鈴木の何ら与かり知らざるところである許りでなく、長谷部自身についてこれをみても、右の各事実を以て直ちに長谷部が本件各税対の手続が何れも税法違反の所為であることを意識していた事実の裏付なりとする原判決の右認定には些か論理の飛躍があるもの、とのそしりを免れない。
三、被告人における本件各所為に係る税法違反の意識について、
前記に諸事情により明らかな通り、被告人鈴木元動丸には本件判示第一乃至同第二九の各所為について、何らこれが税法違反に該当するなどとは毛頭認識していなかったものであり、何れも所謂罪を犯すの意思はなかりしものである事実は疑いの余地がない。
第三、被告人鈴木に係る所謂法の不知の存否
一、所謂同和課税減免の法的根拠について、
政府の同和差別解消と、その前提としての同和地区関係住民らの社会的・経済的・文化的向上とを実現する具体的方針は、先の同和対策審議会の総理大臣あて答申と、これを受けて制定施行された同和事業対策特別措置法とによって法的措置が講じられたものの、右の中、これら住民の経済的向上をはかる措置の一環としての所謂同和課税減免については右特別措置法中に明文の規定が盛られなかったところから、右答申および特別措置法の精神に立脚し、同法の規定を補足する目的を以て前記国税庁長官通達が発せられたものであるから、同通達は同和課税における減免の措置に関する右法の規定を補足するものに他ならず、従って同長官通達の趣旨に則して実施される同和地区関係住民らに対する課税の減免の措置は、新規に課税の制度を設ける場合と同様に、課税の新設乃至減免は常に総て法の規定によるものとした憲法第八四条の所謂租税法律主義の原則に準拠した適法の措置であること疑いの余地がない(最判昭三三・三・二八民集一二-四-六二四、参照。)
二、長官通達第二項の解釈について、
現判決は、長官通達第二項には単に、同和地区納税者に対し、今後共「実情に即した課税」をなすべき旨を指示しているに止まり、何ら課税減免を明示していない旨論じているが、単にこれを文理的に「実情に即した」課税の意味であるとするならば常に一般的課税に関する当然の常識的な措置であって、殊更同和地区関係納税者を対象とした場合に限られる訳がなく、同通達第二項の趣旨が、右特別措置法及びその基盤をなす前記同対審の内閣総理大臣宛答申中に盛られた同和地区関係住民らの経済的地位向上の措置として精神に立脚し、その具体化の一環としての所謂同和課税減免を打ち出したものとみるべきが、同通達第二項に係る当然の合理的解釈たらざるを得ないことは明らかである。
本件検挙後も現に税務ご当局が部落解放同盟関係による税対につき引続き従来の通りの所謂ゼロ申告ゼロ納税の同和課税減免を適用してこれを容認されているもの、所詮、右長官通達第二項に準拠してなされているものと解する他はない。
従って被告人鈴木については本件各所為が何ら違法でないと認識していたことについては、刑法第三八条第一項本文に該当するものとして処罰の対象たり得ないところである。
三、所謂同和課税減免の法的根拠を否認される立場における被告人鈴木の刑事責任について
若し仮に御庁におかれ、前記同対審の内閣総理大臣宛答申と、これに立脚して制定施行された特別措置法および右国税庁長官通達が所謂同和課税減免の法的根拠たり得ないものとご判断相成り、従って前掲の弁護人側の主張が認められなかったと仮定し、よって被告人鈴木における本件各所為に係る違法の認識は、単に法の不知に尽きるものとのご判断を免れなかったとしても、前記の諸事情(前掲第二項以下、特に同項一、の(二)、取り分け同項二、の(二)参照)のもとにおいて、全日本同和会京都府市連においてなす同和地区関係住民らのための税務対策は充分の法的根拠があればこそ、税務ご当局が所謂同和課税減免の一環として所轄税務署長の権限に基いてなされる飽く迄合法的な行政処分として総て認容されているものとの認識に立脚していた被告人鈴木については、原判決判示第一乃至同第二九の各事実何れとの関連においてみるも、少なくも刑法第三八条第三項所定の情状、而も充分に酌量に値する情状が存在するものと判断さるべきが至当と思料されます。
また被告人は同和会下部の要望に応じて税対の企画に賛同し、監督責任は不可避ながら、長谷部らの一連の報告に基づき本件判示各事実の税対は総て合法的の措置と確信していたものであります。
第四、情状について
一、全日本同和会京都府市連合会の税務対策なるものは、下部組織、殊に八幡支部その他の支部会員らが、既に多年に亘って部落解放同盟において実施されてきた税務対策に即応して、全日本同和会でもこれに準じた税務対策を実施し、同和会所属会員らも、所謂同和課税減免の恩典に浴しうるように取計らって貰わなければ、同和会所属住民らは何時迄も部落解放同盟所属住民らとの間の納税上の不利益を強いられ、衡平を失するとの強い要望が盛上ったところから、昭和五五年秋に至り、前記の通り、当時の京都府市連会長西田格太郎や事務局長鎗丸らの役員の手でこれが取上げられ、同和会に於いてもこれを採上げ実施する方針が機関決定され、当時同会副会長の地位にあった被告人鈴木元動丸らもこれに参画するに至ったものである。
二、従って被告人が長谷部純夫、渡守秀治、今井正義らと共謀の上、右西田会長らに秘匿した儘、同和地区と縁故のない納税者まで巻込み広く一般納税者らの為め所謂同和課税減免の恩典の適用によりその納税額圧縮による利益を受けさせ、よって同納税者らから同和会宛資金カンパ名下に謝礼金を収受した上、右被告人ら四名がこれを山分けすることを計った旨の今井正義らの検察官に対する供述等は現に同人らが原審法廷で明らかにしている通り総て事実に反する。
三、全日本同和会が税務当局から予め諒承を受け、その行政指導のもとに被告人らの手でなした税務対策は総て同和地区関係住民らのための所謂同和課税減免の適用としてなしたものであり、原判決判示に係る本件各事実の税務対策の中で、被告人らが同納税者ら中に同和地区縁故者以外の一般市民であるとの認識のもとに、これら税務対策をなした実例は一件もなかったものである。
四、被告人らがなした税対により納税者らから同和運動の資金として同和会に収受した資金カンパの金員中から被告人鈴木が自己の個人的使途に充当したものは一銭も見当たらないのである。
第五、結論
一、右により明らかな通り、被告人鈴木につきましては原判決をご破棄の上、無罪の判決を賜わりたく、
二、もし右が認められないとしても、特に前記の情状をご酌量相成り、原判決をご破棄の上、被告人に対し特に懲役刑につき執行猶予のご判決を賜わりますよう願上げます。
以上